2018年6月18日 (月)

えっ、女子複はないの? 

 速さと力強さのないバドミントンの試合を観客は望まない傾向がある。むろん私は速さと力強さのある試合を望む傾向がある。マレーシアやインドのプロ・バドミントン・リーグには女子複がなかった。
 観客は女子複は面白くない。見る気がしないといっている。たとえば速さ、力強さがないのである。失礼なと怒り給うな。あれでは観客を呼べないといわれた。ちなみに、いまの男子のバドミントンは十年後の女子のバドミントンだ。
 女子は男子に迫る。男子との練習は絶対必要だ。
 女子は女子とするだけではつくり出せない速さと力強さを体に叩き込むのである。
(*二〇一八年六月十八日記)

2018年6月11日 (月)

少な過ぎはしないか壁打ち

 壁打ちは天才を天才化する。テニスの言葉である。
 これはバドミントンにもあてはまるな。たいてい初心者は当てて押すような打ち方をする。これではシャトルは壁から跳ね返らなくなる。跳ね返った時間は少ない。
 壁打ちはちいさな後方に引く動作でする。このため鞭のようにしなやかに打つ必要がある。手首を柔軟にした。
 オーバー・ヘッドで疲れたらアンダー・ハンドで打とう。フォア・ハンドで疲れたらバックハンドで打とう。壁打ちの利点は一人でできることである。手首の使い方がしぜんに覚えられるのである。習うより慣れてもらいたい。有力な秘密練習法になる。
(*二〇一八年六月十一日記)

2018年6月 4日 (月)

テレリンピックというよりほかはない

 スポーツとテレビが表裏一体の関係にあることを疑う人はいない。五輪はテレリンピックといわれるほどである。テレビの影響は大きい。
 様々な競技で時間短縮が模索されているのである。私はテレビ向けにするためだとみている。バドミントンの規則はころころ変わっていた。二〇〇六年にはサイド・アウト制からラリー・ポイント制へ移行したのである。11点または15点2ゲーム先取から21点2ゲーム先取にした。
 サービス権という特徴も消えたのである。この世はお金で動いているのである。テレビはバドミントンに我が儘を押しつける。テレビ向きにしなければ五輪から除外される。こうして規則変更はあるのである。
(*二〇一八年六月四日記)

2018年5月28日 (月)

物事はできると考えて

 バドミントン界には何事もできないと考えるものがいる。そう考えるとたいていできないからできると考えてはどうか。
 できないと考えるのは頭がいいからだ。できないというのはなにもしないことだ。できると考えれば何百、何千という中から答えを探さなければならなくなるだろう。
 はたして気が遠くなるのだ。できない理由をいくら挙げてもできない。以下、略。
 やったことが返ってくるのがバドミントンになる。すべてが返ってくるのである。
 問題はなぜできないではなくなぜできる。なにかをやろうとしなければなにも起こらないとみなには分かっているはずである。私でさえ分かるくらいである。
(*二〇一八年五月二十八日記)

2018年5月21日 (月)

ちかごろドロップの練習

 バドミントンのドロップのことです。ドロップは相手を、コートの後ろに追いやってネット前が空いたときに落としました。ホーム・ポジションに動きながら打つのである。
 ドロップの返球で、ショート・サービス・ラインの中に突っ立って返すものがいた。零点の練習になった。それなら、すぐ小学生の練習をする。
 ドロップを落とす方は打ったらショート・サービス・ラインまで走って、あがったらシャトルを追っかけまた落とすのである。返球する方もあげたら、ロング・サービス・ラインまで下がって、そこからネット前に飛び込み、返すとよかった。
 これを何十回も繰り返します。たいへんな練習になりました。優勝者志向の練習です。
(*二〇一八年五月二十一日記)

2018年5月 7日 (月)

協会経由はだれのせい

 選手が国際大会で獲得した賞金は日本バドミントン協会(日バ)へ納めることとなっている。実際は世界バドミントン連盟を経由して、振り込まれるのである。日バは一割の手数料を取っている。
 残りの九割を都道府県バドミントン協会へ振り込んでいるのである。それを都道府県協会は本人あるいは所属チームへ渡しているのである。かつては日バで有耶無耶になったことがある。都道府県協会で放置されていたこともあった。これは選手が日バに振り込み用の銀行口座を登録することで解決する。海外の市民大会は主催者が現金を直接選手に渡していた。これがいちばん簡単である。
(*二〇一八年五月七日記)

2018年4月30日 (月)

ほんとは移籍が恐いのだ

 全日本バドミントン・チーム選手の移籍が難航している。移籍を渋るのはどういうつもりだろう。そんなことをする国がほかにあるだろうか。あるとすればそれは人権問題だと私はいっている。
 実業団には前所属のチームが移籍を認めなければ二年間国内大会団体戦の出場を認めないという取り決めがあるという。それはいま始まったことではない。昔からそうである。
 移籍の自由はいうまでもない。よい監督の指導を受けたい選手は山ほどいる。スポーツは選手第一だよといっても、なかなか承知しない。ちなみに、移籍の自由がない国は世界の笑いものだという。
(*二〇一八年四月三十日記)

2018年4月23日 (月)

ラケットの使い方

 バドミントンをする人にはシャトルを追っかけようとしないものがいた。
 いくら下手でもである。いや、下手だからこそそんなことがあってはいけないと考える。これではお地蔵さんである。力がないということがあるが追っかけなさ過ぎる。もう少し追っかけなければならない。
 ラケットはシャトルを追っかけなかったら、なにもすることがなくなる。
 ラケットはがんばると血が通うようになるのである。もっとシャトルを追っかけるがよい。ラケットは手から飛び出した脳で、手とラケットの間に流れる川を血と名づける。
(*二〇一八年四月二十三日記)

2018年4月16日 (月)

無人島

無人島に三人の日本人の男が漂着した。神様が二つ願いをかなえてくれるという。
場度さん…日本に帰りたい。それと十億円が欲しい。
 いいだろう。
貴地さん…火星に行きたい。それと世界一の美女が欲しい。
 いいだろう。
私…ここでバドミントンがしたい。そうだ、あの二人を連れ戻してくれ。
(*二〇一八年四月十六日記)台北にて

2018年4月 9日 (月)

ちびっこはなんでもできる

 零歳からのバドミントンという。小学生からでは遅過ぎると、私はいっている。
 二歳、三歳でラケットを握った話はいくつかある。なかでも世界の最上部の選手たちが名高い。ラケットを握った時期を考えてみると分かった。大人になってから握った人はいくら教えても覚えなかったという。
 これによってバドミントンはちびっこのときに覚えなければ、後からいくら教えても覚えないと分かる。バドミントンの基礎ができるのはいつか。
 年齢に「つ」のつくうちになる。むろん理解はあてにしない。ところがちびっこはぼんやりはっきり理解しているのである。だから、ある日あるとき小学生がスピンをし出して大人を狂喜させるのである。その背後にはなお五十倍百倍のできることが控えている。
(*二〇一八年四月九日記)

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