2019年1月21日 (月)

バドミントンは迷信に囲まれている

● 日本人はバドミントンを学校で考え、企業の努力で答を出そうとする。これはほとんど迷信である。
● スポーツにはスポーツの論理があり、法則がある。それを心得ていなくては、強化も普及もできない。一貫指導をすることもできない。それからもっとも大事なことだが、生涯スポーツができない。学校と企業だけでなんとかやれた時代は終わろうとしている。
 これからの育成は、ちびっこから老人までを含んだほんらいの姿に戻るのである。
● 日本が強くなって、選手たちが、活躍するようになったのはよいが、バドミントンの未来は明るくないと考える。ジュニア全日本バドミントン・チーム(U19、U16、U13)を見れば分かるではないか、U19は世界順位の十位と、低迷している。
● 日本バドミントン協会は、エリート・アカデミーに参加するより、むしろ年に数回合宿をしたり、中学校・高校と連携する方が、発展への近道だと考えるようになった。
● 不幸にして日本の場合、草の根的な強化ができないでいる。全国に町のバドミントン・クラブが少ないというのが結論で、なぜそうなるかについてまで考えることは禁じられている。そんなことを考える人は、それだけでたちまち睨まれる。
● ではそういう人たちに問いたい。あなたはなにをしているのか。世界の実際を知らなくてはなにもできないではないか。都道府県バドミントン協会の人にも聞きたい。あなたはどうすればバドミントン大国がつくれるか研究したことがあるか。みなさんにも問いたい。あなたはなにをしたか、なにをしていないか。バドミントンのバルセロナ(サッカー)を自分たちの手でつくらなければいけないと考えてみたことがあるか。世界の常識はどんなものか、それを知ったうえでのことでなければ値打ちがない。
 それからバドミントンは1秒間に二百メートル進んでいて、二日で地球を一周しているが、その対策はどうするのか。
(*二〇一九年一月二十一日記)

2019年1月14日 (月)

「負ける魂」は駄目

 負けじ魂は人に負けまいと競い立つ心である。
 勝ち気で他人に負けることをとりわけ嫌がる性質になった。バドミントンはこれが重要だがだれにでも分かる。この逆は負ける魂になる。
 覇気がない。負け続けて魂を吸い取られているのである。努力しても勝てっこないと知っているからその気がない。負けて平気だとはいつか書いた。
 負けじ魂は意志のものだなと分かる。負ける魂は、感情のものである。
 最大の敵は自分の中に隠れているのである。バドミントンは心の殴り合いになる。弱い自分は敵より恐いという。この世界、いっちゃ悪いが意地なからんば弱兵なるべしと考える。
(*二〇一九年一月十四日記)

2019年1月 7日 (月)

バドミントン暇潰しでする

 よく私はどうしてそんなにバドミントンにのめり込むのかと聞かれた。死ぬまでの暇潰しだよといったら驚いて、もう一度いってくれという。繰り返したら、そんなこと生まれてはじめて聞いた。バドミントンは暇潰しですかといかにも嬉しげである。
 バドミントンはラケットをもってただシャトルを打つばかり。それだけのことではないか。なにもしないよりはバドミントンでもした方がいい。人生は死を忘れるための気晴らしではないか。
 どっきんどっきんどっきんと三十億回打って人間の心臓は止まった。みなすぐに死んでいくだろう。そんなに気にしなくてもいい。
(*二〇一九年一月七日記)

2019年1月 1日 (火)

練習ハイ・クリア

Dictionary6_badminton_05_2 バドミントンはハイ・クリアが基本である。練習は四人一組になって行う。
 ①まず手前の右サービス・コートから向こうの右コートに、ロング・ハイ・サービスである。②つぎに向こうの右コートから、手前の左コートへ真っ直ぐにハイ・クリアを打ちたい。③そして手前の左コートから向こうの左コートへ斜めにハイ・クリアを打つ。
 ④さらに向こうの左コートから手前の右コートへ真っ直ぐにハイ・クリアを打ちたい。シャトルを打ったら斜めのネット前に走り、支柱をラケットで触って戻ってきた。元の場所に戻ってくるころにシャトルが一回りしてくるのである。
 これを繰り返す。四箇所を7分間ずつする。こうしてハイ・クリアの使い方を覚える。むろん7分間打ち合いを切らさないようにする。
(*二〇一八年十二月三十一日記)台北にて

2018年12月24日 (月)

名人はがんばらなかった

 バドミントンの凡人はといったら、いつもがんばるといった。それは口癖だった。あれはパブロフの犬である。
 がんばるは我意を張り通すだった。ある場所を占めて動かないのだった。どこまでも忍耐して、変わらないのである、云々。
 努力も夢中にはかなわなかった。好きは運を支配する。
 がんばることをいいことのようにいっているようですが違うと思います。名人はかんばっていません。バドミントン小僧になって楽しんでいます。
(*二〇一八年十二月二十四日記)

2018年12月17日 (月)

高校駅伝ありて鉄剤注射あり

 貧血治療の鉄剤注射は持久力が高まった。高校駅伝の強豪校で鉄剤注射が横行しているのである。日本陸上競技連盟は肝機能障害などを引き起こすと警告している。
 鉄剤注射は女子長距離選手を中心に二〇〇〇年ごろから広まったのである。監督が毎週のように病院に連れて行った。鉄剤注射は禁止薬物使用と同様の悪質な行為だという。
 駅伝の成績は指導者の雇用に直結する。選手の将来より目先の勝利を優先するのである。
 学校は商売である。スポーツを客寄せに利用する。鉄剤注射は中学校から打ち始められているのである。もう血液検査をするしかないのである。
(*二〇一八年十二月十七日記)

2018年11月19日 (月)

私には幸運がある

800pxshinshgokurakuji_hondo_2 私はバドミントンの世界に飛び込んで五十四年になるのである。まあ、夢の中である。私には幸運がある。まことに人生は出会いの賜で、バドミントンは自分ではどうにもならないことがある。それが負があればそれを補う正もしぜんと出てくる。バドミントンは夢さえあればなんとかなる。たとえ今日失敗しても明日はなんの失敗もしていない新しい一日になる。
 恋人は遠距離恋愛だろう。バドミントンはええ距離恋愛だろう。正真正銘の極楽は街角を曲がるとあったりするからそれからそれへと興味は尽きないのである。
 それは極楽寺ではないかというのが私の持論で、曲がり角の向こうには最高のものが待っているのである。
(*二〇一八年十一月十九日記)

2018年11月12日 (月)

「千三百万円」という左目負傷の損害賠償

 バドミントンで複を組んだ味方のラケットが目に当たって、女性が大怪我をしたのだ。女性はペアの女性に損害賠償を求めたのである。東京高等裁判所(高裁)はペアの責任を認め、千三百万円の支払いを命じる判決を言い渡した。
 高裁は被告は原告を視界に収める後方で競技をしていたので、原告の動きに注意しラケットが当たらないようにすべきだったとしたのである。加害者の責任が否定されるのであれば安心してスポーツに親しむことができなくなると指摘した。私もシャトルを目にぶつけられたり、頭をラケットで殴られたりしたことがあった。
 これは不可抗力だったと記憶する。私は判決を見て複雑な思いでいる。
(*二〇一八年十一月十二日記)

2018年11月 5日 (月)

陸上部バドミントン

 走ることの効用が脚力の養成と維持であることはだれでも知っている。足がもつれたり痙攣したのでは技の振るいようがない。腰が決まらなければ打つことから力強さと制球が消えるだろう。第一に攻守の範囲が狭められ、配球がすべて後手に回るのである。
 第二に持久力で、息があがれば打てる球も逃げる。第三は精神力になる。
 これだけ走ったのだから足の動きも心臓もだいじょうぶだと考える。原野、丘陵、森林などを走った。中距離はバドミントンの恋人になった。年間を通して走った。走らない人もバドミントンはできる。けれども選手にはなれないのである。
 バドミントンは陸上部のようなものだ。ときどき陸上部の合宿に参加するのである。
(*二〇一八年十一月五日記)

2018年10月29日 (月)

よくまあ、二週連続なんてできる

 十月二十一日(日)にデンマーク・オープン二〇一八バドミントン選手権大会の決勝が終わって、二十三日(火)にフランス・オープンが始まったのを見て私は怪しんだ。
 かねがね私は二週以上続く大会を憎んでいる。だれしも疲労困憊で戦いたくない。それが二週も三週も続くなんておかしい。スーパー1000、750の大会はというと、上位選手の出場が義務づけられていた。
 前週の日曜に決勝を戦った選手は疲れ切っていた。それでこれらの選手は翌週の一回戦を初日の火曜ではなく二日目の水曜にしたい。そういう配慮をする。前週決勝戦を戦った選手が次週一回戦で負けるのは気の毒でならぬ。よくまあ、二週連続なんてできるなあ。
(*二〇一八年十月二十九日記)

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