2009年11月 9日 (月)

好きと恩返しと指導をともにいう

どうしてこんなにスポーツにのぼせるようになったのかと、記者がある指導者に尋ねていた。今日の私を育ててくださった方々や競技団体への恩返しのつもりであると述べている。一言いう。
「万のことみなもって空言、戯言、真実あることなし」だった。当人は悦に入っているから、彼のスポーツ大好きがそうさせていると、いっても分かるまい。スポーツにのぼせることと恩返しはなんの関係もないと、付け加える。
そうではあるが、当人はこれでいいと、まさかとは思うが思うかもしれない。だから、損得なのだ。なにひとつ得がなけりゃだれも指導なんてしやしないとさらにつけ加えて、人間みな損得で動くというと、みなは爆笑する。
古人は「芸談には聞くべきこと少なし」といって耳を傾けなかった、人間だれだっていわせりゃ恩返しのつもりぐらい平気でいうのである。それを慎むのが真の指導者である。けれども人間唆されりゃなにをいうか分かりはしない、私だってなにいうか分かりはしないのだ。ただ私は今日の私を育ててくださった方々や競技団体への恩返しのつもりであるなんてけしていわない。それは私みたいな捻くれ人間にはとても恥ずかしいことだからである。
お話変わって、あらゆる指導は有害ではないか、このごろそう思うようになったのは、ひとえに型にはめる日本式指導法では駄目だと思うようになったからだ。さりとて指導はなくならないだろう。あれは自分のコピーを増やすようで嫌だが、指導で天才はつくれない、指導に正解はないというと、本当ですかと飛びあがる。
本当だともバドミントンは自分で研究を重ねてやることが大切なんだよというと信じてくれる。教えたがるものから学ぶことはないという。私だとて教えたがることもあるのである。
(*二〇〇九年十一月九日記)

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2009年11月 2日 (月)

主管者はいった「練習時間はない」と

私はあちこちの大会に出場する。試合前に会場で練習することになります、どこに行ってもそうです、そうしなければ試合ができないからです。いきなり試合はできないのです。みなそうだと思います云々。
そうだと思っていたら、昨年、全日本シニアバドミントン選手権大会(全日本シニア)に出場したら、一発もシャトルを打たせてくれないから困ってしまった。いきなり試合を始めろというのだ。試合進行優先なのだと想像された。
肩を温める時間もない。なのにすぐ試合を始めろといって、その証拠にすぐ始めていた。
主管者というものは恐ろしいもので、練習会場も用意しないし、あきれたのである。だれかがそういっていたのを思い出した。
こんなばかなことはないのに、主管者は平気だという。シニアには練習はいらないでしょうと失礼なことまでいうに至った。
かくてみな練習なしで試合を始めなければならなかった。けれどもそんなことできるか、それは野球の投手を見ただけで、無理だと分かるのである。
全日本シニアは日本バドミントン協会主催の大会だった。第一種年次大会である。そういったら練習時間はあるときた。けれどもそれは朝の競技開始前30分。試合がすぐある人はそれでよかった、ほかの人たちはどうするのだ。昼の人もあれば夕方の人もあるのに、と私は思ったのである。
主管者にすれば試合進行を早めたいわけだが、選手あっての大会である。試合前にシャトルをすこし叩きたいのは人情である。それでも主管者は「練習時間はない」といった。これでは怪我をする。そのことなら主管者は予想し、大会要項には事故によるいっさいの責任は負いませんと、書いてあった。
それはそうだろうだった。いちいち事故の責任はもてないわけで、練習会場も用意しないのになんとも妙な雰囲気がある。主管者でありながら練習場所は自分で見つけろという感じが漂っているのである。ぼうっとしていたらはたしてそうだという。
私は主管者が練習会場を用意してくれるなら一発もシャトルを打たずに試合を始めてもいいと思ったが、いや待てそんなことはないはずだと怪しんで憮然としたのである。
(*二〇〇九年十一月二日記)

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2009年10月26日 (月)

健身語録の三十(21)

■試合に臨んだらそれが唯一の好機。
■負けて責任を取るのは自分。
■窮地に陥ったときどうしようと思ったらそれで終わり、どうやって乗り切るかと考えれば道は開ける。
■たとえぼろぼろにやられても強い選手と戦え。
■前へ、がむしゃらに、失敗しても仕方がない。
■補欠はつまらない、試合に出て負けて悩む方がよっぽどいい。
■バドミントンは負けるよりも勝つ方が何十倍も苦しい、人を騙すんだからね。
■選手は愛して伸ばせ。
■シャトルは鵞鳥になるまで打て。
■挑戦して失敗したか、なにもしなかったよりは増しである。
■神に縋るな自分に縋れ。
■ごちゃごちゃしたことは考えないで、思い切って相手のコート目がけて叩き込め。
■A=B×C×D×E。Aは優勝、Bは選手、Cは指導者、Dはお金、Eは練習。
■基本練習はただの準備運動ではない。
■失敗しても引きずるな、つぎに集中。
■失敗を恐れず、挑戦し続けることがおおきな結果を生む。
■勝利から敗北まではただの一歩、敗北から勝利までは遠い距離。
■体力対体力の勝負で負けていてはどんな戦術でも勝てない。
■相手の失敗は幸運をもたらすが、狙って決めるスマッシュは勇気をもたらす。
■バドミントンは人生のご馳走だ。
■できないことに挑戦するからこそ進歩がある。
■目の前の好機をものにしたものだけにつぎがくる。
■練習は辛い、がんばって辛いに横棒を一本足せば幸せ。辛いのは幸せになる一歩手前。
■我慢ができる人は勝利を得ることができる。
■努力家は天才に近づく。
■どんなに強い選手も年には敵わない、だからといって年齢どおりに弱くなる必要はない。
■敗北と失敗は前進するための訓練。
■練習は怠けないこと、いちど怠けたら二度目はもっと怠けてしまう。
■相手が強くてなにも打つ手がないとき一つだけ方法がある、勇気をもて。
■バドミントンは人から百回いわれるより、自分から一回そうだと思った方がずっと強くなる。
(*二〇〇九年十月二十六日記)

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2009年10月19日 (月)

肘痛

ドアのノブを捻っても雑巾を絞っても、肘の外側や内側が痛くて、どうにもならないことがあるだろう。
バドミントン肘だった。バドミントン選手に、たいてい起きる。手首や肘を酷使するからだった。手首を酷使すると肘の外側が痛い、手首を伸ばす筋肉の付け根の腱に炎症が起きるからである。肘関節と繋がる部分の面積は一平方センチにも満たない。ここに負担が集中した。だいたいにおいて、バドミントン肘は強打者に多いのである。あれは手首をうえに反らして下に曲げる運動がいいと勧めても、あまり聞くものがない。
バドミントン肘は外側が八割で、圧倒的に多い。バドミントンはバックハンドを使います、手首の負担が大きい、このことはみなよく知っている。痛みが肘の内側にくると厄介。頻発するのだ。
これは肘を酷使するからである。肘の内側が引っ張られる。引っ張られて、骨頭を痛める。
思えば私がそうだった。肘の腱が固くなった。石灰化した、筋肉に炎症を引き起こした。熱をもっている。それだけ重傷だったのである。
肘に電流が走った。卵が一個入っているみたいに腫れあがっていたのである。これなら痛い。レントゲンを撮ってみると骨が剥離していた。
骨は横二センチ、縦一センチぐらい。こうなるといけない。手術である。それでも医学が進んだこの時代、数か月でラケットが振れるようになったのである。
手術から九年たつが痛みはほとんどない。バドミントンにも支障がないから、よかった。肘痛はまず安静にしてもらいたい。アイシングは非常に効果的だから騙されたと思ってやってもらいたい。
(*二〇〇九年十月十九日記)

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2009年10月 6日 (火)

ばかやろう

◆電車の中で化粧する女。ばかやろう。
◆車は黄色は進め、赤なら注意して進め、それが福岡文化。ばかやろう。
◆あなたのお肌諦めないで。ばかやろう。
◆なぜうちだけが救済がなかった。ばかやろう。(リーマンCEO)
◆日本サッカーはsome lay blue。ばかやろう。
◆日本野球は弔いジャパン。ばかやろう。
◆日の丸飛行隊は山原水鶏。ばかやろう。
◆女が好きな一休さん、一休すればよかったのに。ばかやろう。
◆刷毛に毛があり/禿に毛がなし。ばかやろう。
◆墓はお参り/ばかはおまえだ。ばかやろう。
◆使い捨て/昔軍隊/いまバドミントン。ばかやろう。
◆サンタクロースは本当はいない。ばかやろう。
◆ジャンボ宝籤一等が当たる確率は千万分の一。ばかやろう。
◆バドミントン神社。ばかやろう。
◆禁じられた女遊び。ばかやろう。
◆単はお一人様地獄、複はお二人様絶望。ばかやろう。
◆女は愛でばかになる、おれはバドミントンでばかになった。ばかやろう。
◆君の瞳は百万ボルト。ばかやろう。(ウサイン・ボルトさん)
◆点は人のうえに人をつくる。ばかやろう。(フィギュア・スケート)
◆妻とペアを組んで恋人と試合をするのと、恋人とペアを組んで妻と試合をするのと、どっちがいい。ばかやろう。(混合複)
◆Sex欄に週二回と書く男。ばかやろう。(入国カード)
◆バドミントンは覚醒剤ほど悪くない。ばかやろう。
◆バドミントン中毒に対する治療法はさらにバドミントン中毒になる以外にない。ばかやろう。
◆「光陰矢の如し」。光陰というものはああ、矢のごとしだなあという意味です。ばかやろう。
◆こんなことばかり書くおれ。ばかやろう。
(*二〇〇九年十月六日記)

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2009年9月29日 (火)

男は右女は左といっても

男は右、女は左だということが、結婚してから分かった。バドミントン選手が夜、夫婦で寝るときだった。これは常識だった。男が右利きの場合はだが、女が右側に寝ると頭が男の右腕に乗ることになった。
はたして翌日は腕があがらなくなった。選手の妻というものはこれを知っておかないと、夫婦喧嘩のもとになる。
そんなのどっちでもいいじゃないの、という人がいるのたった。そうはいかなかった。バドミントンを知らないから、そんなことをいうのだ。
知らなかったら分からない、分からないのはとうぜんだが、男を敗戦に追い込んではその口実は失われた。
夜寝るとき右利きの男が右側に寝たら、右手が自由に動いて便利なように、なにかと利点がある。結婚式のときもそうだな、男は右側に立って、女は左側に立った。これはしきたりで、夜寝るときもそうなのである。
左利きは迷う。迷って迷って迷ったあげく左側に潜り込む。これが女性主導になると、どっちがいいのか分からなくなる。
お話し変わって、亡くなった夫とその凍結した精子で生まれた子どもは、父子関係を認めるという判決が出たから、めでたい。精子の冷凍保存は牛などでは常識なのだそうである。優秀な精子を半永久的に保存することは、可能になった。精子銀行ならいくつかできているのである。
そのうち林丹さん(中国)やリー・チョン・ウエイさん(マレーシア)の精子が錠剤のような形で扱えるようになるかもしれないよ、と知人は囃し立てた。そうなったら日本のバドミントン界は林さんやリーさんの子どもばかりになってしまうのではないかと思った。
(*二〇〇九年九月二十九日記)

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2009年9月15日 (火)

遅まきながら「ちびっこ指導」

ちびっこのバドミントン指導はどうするのかといわれて、やる気、根気、元気だと微笑みを禁じ得なかった。
ちびっこの指導は遊びで、放牧だった。なかでも楽しませることだった。それが骨といえば骨だ。
何事も最初が肝心だ。ラケットはかならずイースタン・グリップに握らせた。最初はみなウェスタン・グリップで握ろうとするのだ。正面にきた球が打ちやすいからだった。これは慣れの問題だ。後で直すのはたいへんだ。直すのは三倍の時間がかかる。
私はまず初心者にはちょんちょんとうえに打つ羽根突き遊びをさせる。最初はフォア・ハンドで、何回できるかさせる。つぎはバックハンドだ。
シャトルでは難しいなら、風船がいいだろう。さあ、続けて十回打ってみようといったら、ちびっこは喜々としてやるのである。
十回できたら二十回にする。百回できれば、大袈裟に褒めて合格にした。ときどき相手をしてやる。ちびっこは初心者だからいきなり飛ばせないわけで、体の正面ならラケットに当てることができるのです、ちゃんと打てるところに打ってやるとシャトルに当たるといって喜ぶ。取れないところには打たない。ちびっこにはかならず取れるところに打ってやることで、うまいぞうまいぞといって煽てるのだ。
ずいぶん胡麻擂りではあるけれどいつもそうしてきた。
ちびっこの練習時間は1時間以内にしてもらいたい、私は週二回といっているが、それ以上はよくない。脳が疲れる。小学六年生でも週三日以上は強いない。駆けっこはかならずさせる。リレー競争は喜ぶはずである。鬼ごっこも喜ばれる。ちびっこにはいろいろなスポーツをさせる。
筋力鍛錬は御法度だ。そのかわり鉄棒をさせ、マット運動をさせて、跳び箱をさせる。それでもみながみな日本一や五輪選手に育つわけではなかったのである。十人のうち九人は脱落するわが指導にもうすこし適切な指導を心がけねばならなかったと思っている。
(*二〇〇九年九月十五日記)

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2009年9月 9日 (水)

変えたくても変えられぬ「成功」

八月三十日、衆議院の総選挙で、民主党が圧勝した。自民党に対する積年の不満がそうしたのである。
その民主党、政権交代を実現させ、二大政党定着の悲願を成就させた。ただこれは民主が勝ったのではない。自公が負けた。いちど民主党にやらせてみようという風が吹いたのである。自民党の敗北は結党以来の成功体験がつぎの成功を閉め出している。
これは日本のバドミントンにもいえた。最大の成功体験は学校スポーツと企業スポーツで、勝ったことだった。それで一九七〇年代まではよかったのである。それでやっていけると思ったのが運の尽きだった。時代が変わった。
世界中でバドミントンをするようになった。プロ化した。日本はその時点で根本的な変革を迫られたのに。
新しい方式をつくり出すべきだった。なのに、なにもしなかったのである。それまで、学校スポーツと企業スポーツで成功してきたからだった。それで実績を積みあげてきたからであり、慣れ親しんでいたからだった。
それを変えなければいけなかった。なのにできない。時代に合わなくなった部分を切り捨てることができなかったのである。麻薬のように依存した。この思考は変わらなかった。それが生き残った。
私は日本のバドミントンは駄目だといっているのではない。そんなことはいわない。ただいまのままでは世界で戦えないぞといっているのである。どんどん勝てなくなる。なのになぜ変えられないのかといっているのである。
変える機会は何回もあったのです。それが負けても学校スポーツ、企業スポーツとしかいわない。多くの人たちは、これではいけないと、気がついていた。だが、成功体験が邪魔して、変えられない。成功は一日で捨て去らなければならない。普通ならとっくに変わっていなければならない。女子が世界の王座から転げ落ちた一九八〇年代前半が変化のいい機会だっただろう。見直しに着手すべきだった。なのになにもしないなんて烏滸がましい、日本のバドミントンに変革を遂げる強力な先駆者が不在だったというほどの意味である。変革はもの凄い情熱が必要で、百人のうち一人でも賛成してくれればできる糸口になるのである。
九十九人が反対でも、千人いれば十人が賛成で、一億二千七百五十九万人ならば百二十七万人が協力者なのだという。
(*二〇〇九年九月九日記)

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2009年8月30日 (日)

あっちへ行ったりこっちへきたり

バドミントン選手の最大心拍数は、「220-年齢」で、脳の状態は脈拍120~130ぐらいがいいというのが一般的である。インドネシアがこの方法を取っていて、一定の心拍数に達するまでコートに入れないという。
準備運動は各自自由にやらせて、20分後、あるいは30分後に脈拍を測るのだった。これは強制されないが、怠けられなかった。けして楽ではない。
私は「つ」のつくうちに種を蒔けと言い続けている。まずバドミントンは九歳までにすべてが決まることを知っていただきたい。脳と神経系および動作の習得は八歳前後で頂点に達することを知っていただきたい。この時期を逃してはならない。たとえばU-6の大会を開催しなければならない。世界のサッカー界では普通のことである。などなど。
いま選手たちは足首、膝などを故障するものが多かった。選手の片足には約二百キロの負荷がかかるのである。バドミントンは巧みでも土台を強化しないからである。
シャトルの速さは0.48秒らしい。人間の反応の限界は0.3秒らしい。
これはネット前からスマッシュを打たれると反応できない例である。バドミントンは経験を積むと相手の動きでコースが予測できて、肩の入り具合で捻りが浅いと、シャトルは右にくるのである。
捻りが深いと、左にくる。
私の話はあっちへ行ったりこっちへきたりする。
(*二〇〇九年八月三十日記)

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2009年8月17日 (月)

えっ、スピンをかけるの 

中国の小学四年生で、スピンをかける選手がいたから、私はびっくりしたことがある。むろん私は歓迎する。動作の習得は八歳ごろ、頂上に達するのだった。
私は原則としてなんでも駄目だとはいわない。なんでもやってみなければ分からないといっている。たとえばヘアピンのスピンである。簡単だと思うな。けっこう難しいといったら、どうやってかけるのかといわれた。自分でやってみるんだよ、やってみたか、やってみたら分かるが分からないこともあるのだった。
じつは私も手を焼いていて、尋ねる人があるが、なに、自分が困っているのである。試合になるとできないばかりではない、かける余裕がなくなる。できても一、二発だという。できることなら全部かけてみたい。
スピンには骨があること、たとえば小手先でやると狂います。腰でかけると、うまくいく。踏み込むとよくかかる。
ネットの高さで、ラケットの先で切るとうまくいくことが分かるのである。だから、シャトルはラケットの真ん中で打てといわれていることと、ちょっと違うのである。真ん中で打つとうまく切れなくて、苦労するのである。中国の選手たちも、ラケットを卵形というか細く張っていてスピンをかけやすくしているのである。
いっぽう、ネット前でスピンをかけられた場合で、これはかけかえすと意外とうまくいくことがある。後ろに放りあげる場合はバックハンドでセンター・ライン目がけて打つのだった。
フォアハンドで打てば、とんでもない方向に飛んでいくことがあると、私はいうのである。
スピンはコルクの頭を平行に切ってもらいたい。もしくは斜め下にである。あるいは右から左から切るのである。
フォアハンド、バックハンドの両方から切ってみれば分かるのである。ヘアピンの練習が凄く楽しくなるのである。いくらそういっても正しいヘアピンができないと駄目なのである。ゆえに、私は基本をちゃんとやれというのである。基本ができていれば、たとえ小学生でもスピンをかけていいと電光のように分かるのである。異論はあるようだが、バドミントンは待ち過ぎるよりも時期尚早に価値があると、密かに私は思っている。
(*二〇〇九年八月十七日記)

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