2017年8月14日 (月)

お願いします

 いつも大学生や高校生とバドミントンの練習をした。終わるとかならずお願いしますといってくるだろう。助言をお願いしますというのだ。「パブロフの犬」なので苦笑いした。
 条件反射になっていた。彼らは聞く気はないのに聞いてくる。バドミントン界の悪習になる。
 自分で考える選手は減った。どうすればよくなるか考えながらシャトルを打つ選手は希なのではないか。また助言などというものは聞くものではなくて、探し出すものだということが分かる。
 お願いしますというな。お願いしますには夢がない。
(*二〇一七年八月十四日記)

2017年8月 7日 (月)

奉仕の時代いつまで

 「奉仕の時代いつまで」と思ったことがある。わが日本の都道府県バドミントン協会の役員は奉仕で、それは立派なことで、善意の敷石で敷き詰められているのだった。役員の中には善意の行為を主張するものがたくさんいる。したがって、報酬を支払わない。
 バドミントンは闘志と奉仕の精神。
 けれどもなんとなくおかしいと感じるだろう。この世はお金で動いているのにそのことについて一言もいわないのは偽善であり、わがバドミントンの一大欠陥である。
(*二〇一七年八月七日記)

2017年7月31日 (月)

X線練習

 私がバドミントン指導者だと聞いてうまくなる秘訣を教えてくれると勘違いするものがいた。そのせいかすぐ上達するのではないかと期待された。やるのは基本練習だけだといって、物議を醸した。
 いうまでもなく楽しさは明日につながる。楽しさは忍耐力を生むのだ。目的と行動がやる気を高めた。大事なのは結果ではなく過程でした。
 子どもの試合は勝ち負けにはなんの価値もないのでした。要は戦い方の問題である。バドミントンは集中力と制球だ。
 ネット前は思い切って失敗させる。簡単な失敗を恐れないで攻めさせる。そのかわり深い球は失敗したら怒るのである。結果を恐れず学びながら変化させた。とくに持久力と精神を鍛えたい。個性を大事にし才能を伸ばしたい。逆境を楽しませるのである。練習の最後は楽しんで終わった。二人で手をつないでシャトルを追っかけると面白いのでした。心と体の両方を鍛えるにはX線練習になった。これは後方でスマッシュを打ったら斜めネット前に走ってスマッシュした。つぎに真っ直ぐに下がってスマッシュを打った。さらに斜めネット前に走ってスマッシュになった。これを四セット四回繰り返えした。
 これはいろいろなことに応用できるからやられることを勧めたくて紹介した。
(*二〇一七年七月三十一日記)

2017年7月24日 (月)

コートの中から世間が見える

16615764c8414e715d32d6fee85fa9804c9 私はバドミントンをする若い人たちにいつも四つのことを話している。①信頼できる友達をもて②プロ級の趣味をもて③コンピューターが操作できる④外国語が話せる。
 これで二十一世紀は生きていける。①はたいてい一人もいないと思われた。
 ②は「芸は身を助く」になった。
 ③はだいじょうぶである。④は英語はもはや外国語ではない。ちなみに、祖国とは国語以外の何物でもない。すなわちフランス人は英語を知っているのに話そうとしない。日本人の70%以上は英語をほとんど話せないのになんでも英語で話そうとして改まらない。けっきょくいまのところ外国語の争いはフランスの勝ちである。残念。
(*二〇一七年七月二十四日記)

2017年7月17日 (月)

暑ければ熱中症あり

 熱中症で病院に運ばれる人が相次いでいる。熱中症は高温下で激しい運動を行うときに起きた。発生した熱が体表面から放散することができなくなるのである。軽いものは脱力感、倦怠感、目眩、頭痛、吐き気、筋肉痛、腓返りなどの症状が見られる。
 重いものは異常な体温の上昇があり、全身の痙攣、意識障害が特徴。これはただちに病院へ搬送したい。熱中症の応急手当はまず涼しい場所で休ませた。体を冷やした。(脇の下、太股の付け根、首の横などの血管)
 水分と塩分の補給をする。スポーツ界はもっと熱中症防止を考える必要がある。35度以上ではスポーツを中止するのも一つの方法である。
(*二〇一七年七月十七日記)

2017年7月 3日 (月)

いま「助言」が面白い

 バドミントンの試合で0対21で負けた高校生がいる。ラリー・ポイント制なのに0点で負けるのは難しかった。
 マルガリータ(丸刈り)になれといいたくなるのである。そういえば身も蓋もなくなる。0点で負けても笑ってはいけないのである。つぎは1点取るんだと声をかけよう。そのつぎは2点といった。それでお仕舞い。
 また大学生から一週間後の大会で勝つにはどんな練習をしたらいいのですかというメールがきた。そんな方法があると思うのがもっとも恐れなければならない錯覚である。私の返事は、一週間‥、一週間ってなに、でお仕舞いである。
 しいていうなら大会の三日前から完全休養にした。糖原質を蓄えるのだった。練習だろうと思うではないか。
(*二〇一七年七月三日記)

2017年6月29日 (木)

二重人格は素晴らしい

 二重人格は評判がよくない。そうなのは「ジギル博士とハイド氏」を思い出すからである。一人の人間のうちにまったく二つの人格があるのだからよくいうはずがない。
 じつはそれらが交互にまったく独立して出現するのである。だから、一人の人間がある時期からまったく違った性格を示すのである。
 ジギルは薬を飲むことによって性格および容貌が一変したのである。スポーツなら二重人格は大事である。たとえばバドミントンである。
 あれはコートに入れば別人になるのである。普通の神経でそうなれるかどうか分からない。ことに戦えない。「二重人格は素晴らしい」とほかでもない私自身が見たのである。
(*二〇一七年六月二十九日記)

2017年6月22日 (木)

スポーツは人格形成に役立つまた出る

 私は小学校の運動部活動運営規約を読んで笑ったことがある。児童の健全な心身の発達を目指し豊かな人間性の育成を図るとある。このごろすこし疑うようになった。
 よくスポーツによって人間的に大きく成長したとかいう。スポーツをやれば立派な人間になるというのは神話になる。人間づくりとスポーツは関係ないからである。
 どんなに立派な人も指導者になった瞬間から褒められたい病にかかるのである。悪いことをする指導者もいるだろう。彼が選手の人格形成に貢献しているというのだったらなにをかいわんやなのである。スポーツは人格をつくらなかった。ただ弱い性格のものを排除するだけである。ともかく私のような変わった人物を生み出すことだけは確かである。
(*二〇一七年六月二十二日記)

2017年6月19日 (月)

我らみな町のクラブっ子

 少年の硬式野球にはリトル・リーグ、リトル・シニア・リーグやボーイズ・リーグなどがあるが、いずれも町のクラブ・チームである。
 サッカーは、Jリーグのユース・チームがある。柔道、剣道は道場があった。水泳は町の水泳クラブである。
 そういう時代になった。バドミントンは当初、学校を中心に発展したのである。いまはそうではない。だから、町のクラブが繁栄するのだなと合点した。ほかの種目がそうならバドミントンもそうである。「我らみな町のクラブっ子」になったのである。
 だから、私はよかったなと思ったのである。かりにも一国のバドミントンである。バドミントンのレアル・マドリードぐらいあっていい。なければつくるがいい。
(*二〇一七年六月十九日記)

2017年6月 8日 (木)

この誤解された言葉「間食」

Siomusubiyoko 間食はよくないといわれた。
 そうかな。そんなことはなかった。
 といっても分かるまい。むしろバドミントン選手には間食が必要だろう。
 朝ご飯は七時。昼ご飯は十二時で晩御飯は練習があるから二十二時になる。これでは体は保たないと思う。集中力がなくなるな。
 それで間食が必要なのである。十七時ごろ食べた。たんに量を増やせば太った。晩御飯の一部を間食にもってくるといわなければならない。
 間食はなにを食べる。御握り、パン、ゆで卵、肉まん、牛乳、ヨーグルト、バナナ、チーズ、ココア、果物などがいいと知るのである。
(*二〇一七年六月八日記)

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