ジャパンオープン終わる
ジャパンオープン二〇〇七バドミントン選手権大会(九月十一日~十六日)は、東京体育館で開かれた。今年も日本勢はメダルは遠かった。
直前の世界選手権大会では男女複がそれぞれ三位に入っている、それならたしょうの期待はもてるかと、思ったがやっぱり駄目だった。
結果を見ればいかに、最高八強だったし、世界の壁は厚かった。この結果に、なぜだろうという声があがっている。
それは簡単なことで、たまに運で四強ぐらい勝ち進むことはあるのだった。要は常時上位に入るだけの力がない、したがって勝てない。
世界選手権で男女複が三位に入賞したときはみな喜んだのだった。選手のがんばりにけちをつけるつもりはないのである。素晴らしいことだった。ジャパンオープンを見ていたら男子単世界一の林丹さん(中国)は三位に終わった。女子単は中国はティーネ・ラスムセンさん(デンマーク)に総なめにされてしまったのである。
むろん中国は喜ばない。なぜ優勝できなかったのかという反省があって、足を踏み入れるとそこは日本とは別世界だった。大袈裟にいえばこの世ならぬ世界を見る思いがした。三位で日本は褒められるというのに中国はまったく褒められない。
ここが違っている、これだな。林丹さんは優勝できなかったといって叩かれている。日本選手は賞賛、叩かれない、すべてこれである。この差に見える。日本は三位で満足している。そうなのは企業バドミントン、学校バドミントンにしてはよくやっていると思っているからだろう。
零歳児からバドミントンができる環境を整えることだと私はいってきたがむろん聞く者はなかった。いま必要なのはちびっこから大人までの一貫指導組織を構築することで、日本は旧態依然としている。時期尚早というだろうがそれをいうなら百年たっても時期尚早で、各都道府県にバドミントン学校をつくることだといったらすこし頷いた。
賞金大会のBWF(世界バドミントン連盟)スーパーシリーズが増えてきたのは、なによりいいことである、プロのバドミントンで、いま最上部の選手たちは年間を通じて海外を転戦するようになっている。
この流れに乗ることだと、眺めて私は思わずにはいられなかった。学生や社会人選手では海外遠征の機会も限られるといいたいのはやまやまだが、いうとみなが困る恐れがあるから私はこれ以上いうことを禁じた。
(*二〇〇七年九月二十一日記)

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