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2007年10月25日 (木)

健身です(その十七)

●健身です。ちびっこバドミントン教室で駄洒落をいったら、三歳児から睨まれました。
●健身です。あなたの指導者としてのいいところはと聞かれたら、叩かれても解離性障害や機能性胃腸障害にならないところだと答えるしかありません。
●健身です。セギ三連発は咳三連発ではなく、セギノール選手の三打席連続本塁打です。
●健身です。スポーツ関係者のパーティーでいただきマウスといったら、その口をなんとかしろといわれたとです。
●健身です。お医者さんからもう、バドミントンはやめた方がいいといわれました。論語や孟子を読んでみましたがそんなことはどこにも書いてなかったとです。
●健身です。願かけをして禁酒を誓いました。夜だけ飲むことにしたとです。
●健身です。柔道の谷亮子さんは祖母でも金のような気がします。
●健身です。サッカーボールを見てパンダが丸くなっているという人がいます。
●健身です。練習後、靴下が抜けません。
●健身です。マラソンが好きなサックス奏者ですと紹介されて、えっ、セックス走者ですかと聞き直したことがあります。
●健身です。自分が情けなくなるのはイブにスキーに行こう、指宿といってしまうときです。
●健身です。ゴルフ場で歯を磨いていたら歯磨き大爺といわれ歯に噛みました。
●健身です。カーリングは掃除をしているようにしか思えません。
●健身です。安倍総理辞任はラブオール・プレー、ゲームセットといわれたような気分です。
●健身です。なんで理由ぐらいいえないんだ。絆創膏を額に貼って試合に出たらみなからこっぴどくいわれたとです。
●健身です。シャトルがだぶって見えるので眼科に行きました。Cをシーいったとです。
●健身です。欽ちゃんは歩いていただけとしか思えません。(*七十キロ走)
●健身です。私のバドミントンはどうにもとまらない山本リンダさんの世界です。困っちゃうな。
●健身です。このたび日本バカミントン狂会の会長に就任しました。WATASHI WA KIZA DESU。
●健身です。新聞がバレンタイン来季も続投と書いただけなのに、来年もチョコレートが貰えると感じます。
(*二〇〇七年十月二十四日記)

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2007年10月18日 (木)

オーストリアからのメール(14)

◆二〇〇七年(平成十九年)八月三日
今晩は。お元気そうでなによりです。たしか去年は全日本教職員バドミントン大会不参加でしたよね。今年はなんとか踏ん張れますようお祈り申し上げます。
芦原コーチからバドミントンを取ったらなにが残るのかと、ふと思いました。それだけ人々に強烈な印象を与えることのできる人物はそうそういません。これは内面から出てくるのでしょうか、天性のものなのでしょうか、答えが出ずにいます。
世界体操祭の片付けがやっと終わり、VBV体育館が先週から使用可となりました。先週練習に行ってきましたが体がついていかず自己嫌悪のバドミントン。走りにもしばらく行っていない、マウンテンバイクもやってなかったつけのようです。
世界体操祭はそれに縛られ、つぎの週、四日間、日本から来られたオーストリア大使館商務部の方にこの州の見所をご案内するため家を留守にしていました。この商務部が日本人定年退職者を的にした「オーストリア長期滞在」を企画しています。
◆二〇〇七年(平成十九年)九月五日
またオーストリアにこられるんですね。オーストリアいいでしょう。田中雅彦さんと複を組まれるのでしょうか。楽しまれてくださいね。日時は把握しました。
昨日から練習が再開、二か月バドミントンから離れていた体でしたが持久力が落ちたような気がしましたが、けっこう普通にできました。今日はどこもかしこも痛くてたいへんです。レオニーちゃんが練習にきていて一緒に複を組みました。その際に、もしかしたら芦原コーチが冬にまた訪れるかもと話したら、あら、そうしたら私、勝負を申し込んで今度こそ勝つわよ、楽しみだわとのこと。明日からドイツの黒森へ四日間ほど行ってきます。
◆二〇〇七年(平成十九年)九月二十日
弟さんのイタリア料理店(ボッカルーポ)情報ありがとうございました。航空券もう予約されたんですね。さすがコーチ、フットワークが素晴らしくよいです。かしこまりました。それではフェルトキルヒの宿泊先を探しましょうか。
二月、レーヴェンはお湯が出なかったり思いがけない出来事が何度かあったんですよね。十二月十一日は汽車で来られますか。お迎えに参ります。十四日もチューリッヒまで送迎させていただきます。じつは私も急に十月末に熊本に帰ることになりそうなのにまだ航空券とっていません。バドミントンと同様フットワークの悪さを感じます。二年ぶりの熊本、もうその時期は暑くないですよね。
それではコーチとお会いできるのを楽しみにしています。熊本、それともフェルトキルヒ。
◆二〇〇七年(平成十九年)九月二十日
レーヴェンでいいですか。それではお風呂付のお部屋を予約しておきますね。熊本では芦原コーチとぜひお会いしたいのですが、練習道具をもっていくかが最大の問題となります。私が日本へ行くと、帰りはいつも大量の食料品で飛行機の重量超過との戦いになります。
◆二〇〇七年(平成十九年)十月四日
こちらは紅葉の時期に入りました。先日レーヴェンに行き、十二月十一日から十四日まで部屋を予約してきました。前回と同じお風呂付の部屋にしてもらいましたが、ちょっとお値段が前回より高く一泊 四十五.五ユーロとなりますがよろしいでしょうか。みはる
(*二〇〇七年十月九日記)

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2007年10月11日 (木)

力士亡くなる 

二〇〇七年六月、大相撲時津風部屋の序の口力士が急死した。テレビを見るとはなしに見て、親方と兄弟子数人が暴行を加えているのに注目した。愛知県警が刑事事件として立件することを固めたところだ、死亡前日のことで、部屋から逃げ出そうとした力士の額を親方がビール瓶で殴っていたのである。
兄弟子たちの暴行は30分間も続いたのだった。稽古と暴力を隔てる境界線などあったものではないのである。金属バットで殴るなど暴力団と見まごう世界だ。口止めをした親方の監督責任が問われるのである。解雇は反論の余地がないところだが、かわいがりはすべての部屋にあると察して顔を背けるのである。
大相撲は今夏は入門者零になった。憧れがない。テレビの視聴率はかつての半分になっているのである。若い力士が命を落とせば周囲の目もとうぜん厳しくなるのである。親方と兄弟子三人の逮捕は免れまい。
また朝青龍さんは名古屋場所後に左肘靱帯損傷と腰の疲労骨折など全治六週間の診断を受け、そのまま無断でモンゴルへ帰国している、巡業の休場届を提出している、その一方でサッカーの親善試合に元気な姿で出場したのだった。軽率な行動だった。相撲協会は二場所の出場停止と減俸三十%の四か月にしたが、巡業に出てからサッカーの試合に出ればよかったということが分かる。
お忘れかもしれないが、いくら横綱だといったって、二十五、六歳の人間に品格が備わっていると考える方が不思議なのである。横綱審議委員を見ても品格のある人間はいないのだった。大相撲は天皇が見にこられるようになったから品格をいうようになったのである。過去の横綱に品格があるように見えたならそのように振る舞う必要があったからである、引退後に年寄りとして協会に残ろうと考えれば品格があるように努めなければならなかったのである。
朝青龍さんは年寄りとして協会に残る気はなかった。ならば稼ぐだけだ。品格はなんの意味もなかった。それでいて心技体とは怪訝だが、朝青龍さんを見てばらばらでも強い者は強いと分かるのである。
大相撲って、いったいスポーツなのか、儀式なのか。
神事なのだという、国技と勝手に名乗っているという。まことに大相撲が国技だなんていうことが小さいのである。大相撲を滅ぼすものは大相撲である。
(*二〇〇七年十月十一日記)

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2007年10月 5日 (金)

男も喋る

日本の政治や経済を見て、すべて筋書きは決まっていると思った。
みな同じなのである。政治、経済がなぜ混迷するのかと思ったが、①最初はなんの問題もないと過小評価する②問題をしぶしぶ認めるが矮小化する③先送りで傷口を広げる④進退窮まって全面降伏するの四幕だった。だれかがそう新聞に書いていた。スポーツもそうだと思っている。
ご承知だろうが日本のバドミントンは世界一の技術を目指さなければならない。世界一速いバドミントンです。いま根底に体力の差があるから勝てなかった。世界一の技術と速さで勝負しなければならないのに、それを支える体力がなかったから、技術も速さもぶれてしまった。
体のちいさな日本人が技術と速さで勝負しなければならないことなら、だれでも分かることであって、勝負するなら、世界一の体力をつくらなければならないことも、みな分かるだろうが、駄目だろう。
お話し変わって、私は新人参議院議員の不倫報道をほとんど笑っている。あんなもの取り上げるまでもない、二人とも議員に当選したから表沙汰になったと思っているが、いままで暴露されたものは女性側からの告白であったこともよく承知している。
男性側からの暴露はなかったと思っていたら、今回は違った。元教師という男性が現れ、参議院議員になった女性を告発したのである。
私の知る限りはじめてのことである。そもそも男はこういった問題は不利になっても沈黙したものが、それが男らしいといわれてきたのに、男の風上にもおけない行為である。男のくせにとみな咎めているのだった。
ついに男もふられた口惜しさのあまり情事の始終をこと細かく公表するようになったのである。なんたる無様である。これこそ男性の女性化だから、男女同権もここまできたのである。あんな低水準の男とつき合ったのがいけなかったのだと作家の渡辺淳一さんが書いているのである。
最近の女性はこんな女性に同情的なのだそうだ。女性もようやく男並みに甲斐性が出てきたと容認しているそうだが、権力を握るために変わり身のはやい女がいることを含めて日本は本当に女に甘い世の中だと思っている。
(*二〇〇七年九月二十九日記)

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