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2007年11月28日 (水)

台湾バドミントン

台湾バドミントンについて説明してくれといわれたから、一面ながら答えた。二〇〇六年のユーバー杯(世界女子団体バドミントン選手権大会)で台湾が韓国を倒して四強に入ったと聞き、みなびっくりした。台湾バドミントンは強くなった。
この何十年マスコミは台湾バドミントンについてあまり取り上げたことがない。国際舞台で勝てなかったからであるが、いまは強くなったのだから取り上げないわけにはいかない。
台湾に全国大会はあるかというならあるといわなければならない。日本の全国小学生大会、全国中学校体育大会、全国高等学校総合体育大会、全日本学生選手権大会、全日本社会人選手権大会、全国実業団選手権大会を合わせたようなものがあるといわなければならない。大会は団体戦と個人戦が六日間に渡り行われる。個人戦は実力に応じて甲組と乙組に分かれている。たとえば乙組で単四強、複二強になると次回大会では甲組の出場資格を得ることになる。
優秀な中学生は卒業後は実業団チームに入社していて、台北市内の高校に進学していた。入社したからといって仕事をするわけではない。
会社で寮生活をして、午前中は高校に通うのである。コーチが送り迎えをするのだという。このあたりが面白い。
くだくだしいからこれ以上いわないが、午後も授業があるのに、免除されるのはだれの目にも有利である。
午後は、実業団チームの選手と一緒に練習する。高校の授業料や生活費はすべて会社が負担する。小遣い銭まで支給されるのである。高校卒業後は大学に進学する者と、会社で仕事をする者に分かれるのである。繰り返すが、午前中は大学に行くのである。午後は実業団チームで練習するのである。もう、お分かりだろうが、ここにまあ、一貫指導体制が生じた。
わが国のバドミントンにはこれがないのである、台湾の実業団チームには中学生も加わっていて、コーチがつきっきりで、指導している。強くならないわけがない。かくて日本の大学生が台湾の中学生に勝てなかったと、嘆くことになるわけで、それを聞いて私はそうだろうなといって笑うのである。
台湾躍進の一つは指導者の熱にある。彼らはずっと合同練習を続けてきた、北京で合宿もしている。これをきっかけに日本はすこし台湾を見習ってはどうか。
(*二〇〇七年十一月二十九日記)

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2007年11月22日 (木)

健身語録の三十(14)

■できないというな、挑戦したか、しないのに駄目だというな。
■教え過ぎは選手の自立を妨げる。
■バドミントンは人生の支え。
■バドミントンをすると心も体も人間らしさを取り戻す。
■原石は不器用なほど輝く。
■大事なことはバドミントンができる喜び。
■長くやっておればいつかは勝てる。
■いい勝ち試合以上に失敗や負け試合から多くを学ぶ。
■優勝は勝つことに対しどれだけ執着をもてるかにかかっている。
■指導者はソムリエ。
■バドミントン小僧になって楽しめ。
■窮地はだれかが試練を与えているのかも。
■ただ生きればいいというものじゃない、バドミントンをすることは生きることだ。
■コートの塵に気がつく選手は優勝できる。
■試合はいちど死にかけたらその後は強い。
■バドミントンは愛さなければ愛されない。
■遊びで終わるのか勝って優勝者になるのか、やるのは自分だよ。
■競技を楽しめ、バドミントンは人生の一部である、すべてではない。
■つまらない拘りは捨てろ。
■自分以外のだれかが優勝するのは見たくない。
■人間は嘘がうまいから、バドミントンだけでも正直にしなければならない。
■バドミントンを見れば性格が見える。
■すべては一個のシャトルから。
■生ぬるい気持ちでコートに立つな。
■なんで負けたのか、自分が分からないときもある。
■バドミントンはもう駄目か、いや、まだまだだの繰り返し。
■バドミントンは頭ではなく体が判断するスポーツ。
■バドミントンは人なり。
■最大の敵は自分の中に隠れている。
■負けてなんのかのいっても説得力はない。
(*二〇〇七年十一月二十一日記)

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2007年11月15日 (木)

体格の差出る 

バレーボールのワールドカップ(W杯)二〇〇七年女子大会をテレビで見たが、日本のバレーボールは希望がないからいわせてもらう。もろに体格の差が出ている。
それはセルビア、イタリア、キューバ、米国、ブラジルとの対戦によって分かる。速さと技術だけではどうにもならなくなってきている。日本代表の身長は大山加奈さんの百八十七センチが最高だが、セルビアはというと、先発三人が百九十センチ台だった。
それは防ぎようがなかった。その圧倒的な高い壁は、ブロックだけで二十本とめて日本を畏怖させた。
日本は高い壁を打ち破ることができない。したがって守りと粘りの勝負に出たのは、いた仕方のないことであって、小銃対大砲の戦いになっていたから、これは希望がないと思ったのである。
元来バレーボールは長身者のスポーツだった。体格の差、力の差を昔は技術で補ったから、それはそれでよかったが、いまは通用しなくなったらしい。そう思った人はすくなくなかった。
米国の先発選手の平均身長は百八十七センチである。私の考える日本代表は全員百八十センチ以上だが、いま百七十センチ以下が先発の顔触れに三人もいる。
守備専門のリベロは仕方ないが、背が低いのはどうしても不利だが、見ていると悲惨になる。日本のバレーボールは背が低い割りにはよくやっていた。ただ格の違い、ひ弱さを見せつけられた。
組織バレーが外国勢のおおきな体格に押されて通用しない。完全に力負けしている。その悲劇的なことがいま起こっている。これはバスケットボール、ラグビーなどもそうだった。バドミントンはまだ増しだが、近くこれも同じことになる。スポーツはまず体負けしないことだから、日本人はたいへんだろう。ジャパン・オープン二〇〇七バドミントン選手権大会の女子単でティーネ・ラスムセンさん(デンマーク)が優勝しただろう。強力な中国選手たちに体格負け、力負けしなかったことにその勝因がある。これを中国を倒す見本または例という。
(*二〇〇七年十一月八日記)

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2007年11月 8日 (木)

そこそこの美人 

スポーツの世界にはいろいろな超人がいる。百歳を超える現役スキーヤーとして知られた三浦敬三さんは凄い。七十歳になってからエベレスト山麓のチャングリ氷河滑降に挑戦したという。七十七歳になってからもキリマンジャロのスキー滑降に挑戦しているのである。
八十一歳のときはアルプスのシャモニーからツェルマットまで、百キロを踏破している。九十九歳になってからもモンブラン氷河の走破に成功している。
びっくりするのである。ご存じだろうが、台湾の圓山大飯店(台北市)の裏山には約二百五十面もの屋外バドミントンコートがある。あれはバドミントンの世界遺産である。その台湾には九十三歳のバドミントン選手がいる、びっくりした。頭が下がる。
香港には右肘から先のない片腕の選手がいる。どうやってサービスをするのかと思った。シャトルは握れなかった。それが肘のうえにシャトルを乗せて上手に放り挙げていたのだった。感動する。障害をものともしていないのである。
人になくてはならないのはこの思いだが、そこまでしてもバドミントンをする人はするのである。
お話し変わって、コルシカ島の女たちは美女揃いだ。ナポレオン・ボナパルトさんの女といえばジョゼフィーヌ・ド・ボアルネさんである。
そこそこの美人ではある。けれども六歳も年上の三十女。しかも子持ちの未亡人ときている。
愛人として男を渡り歩いた前歴もあった。浮気癖まで山ほどあった。こんな女に後の皇帝ともあろう男がである。なにゆえに恋い焦がれたのだろう。
不思議なことであり、結婚までしている。なぜかと思ったら、ありきたりの美女はナポレオンさんは見慣れており、ジョセフィーヌさんは凄い変化球だったが、彼にとっては当たりだったのだろう。新聞で、そう佐藤賢一さん(作家)が書いている。
なにより美人は三日で飽くのだ。醜女は三日で慣れるのだ。これをいわないでなにをいうのかと思ったが文句をいわれたらことである。
昔、歌人の吉井勇さんは「紛黛の/仮の姿と/思えども/今宵○○○の/美しきかな」といったという。そういって女性たちに人気があったという。私は「男とは/美人に優し/醜女に冷たし/それでいいのだ」といっている。口は災いの元である。ご用心。
(*二〇〇七年七月十七日記)

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2007年11月 1日 (木)

日本中スープレックスだらけ

ボクシングの亀田さん一家を見て、世間に踊らされていると思ったことがある。悪役で、筋書き通りだ、我々はそういった娯楽を求めているだろう。ところがどうだろう。
今度はとたんに手のひらを返している、悪役の英雄からただの悪役にして、すみませんすみませんと謝らせている。ボクシングWBC世界フライ級選手権戦で亀田大毅さんのスープレックスを見たばかりなので、みなでもちあげてどおーんと落とす光景は見る気がしなかった。
その亀田さん一家は悪役を求められてやって、ただの悪役になった。彼らもまた被害者だと思われる。彼らはやれといわれてやったのはだれの目にも明らかである。
反則技を繰り出した大毅さんは一年間の出場停止を受けたが、視聴率の取れる飴玉を、重宝がれば勘違いもする。
亀田さん一家はボクシング人気回復の救世主だ。特別扱いされるとこうなる。スポーツ選手は公明正大の固まりだというより反則の固まりだと思った方がいい。大毅さんのがぶり寄り、頭突き、目潰し、スープレックスはその現れである。みなそうだといっておく。たしょうの反則はみなやっているから略す。
問題が多いのが亀田さん一家の売り物だ。大毅さんはちょっと恥の上塗りをしたが、筋書きとしては一回ここで頓挫させる必要があったのではないかと私は見ている。
大頓挫させること、これが第一幕である。第二幕は亀田さん一家の復活劇だが、いうまでもない。たちまち映画「ロッキー3」に酷似したものをつくるのに成功するだろう。
私はこの筋書きは面白いと思っている。兄・興毅さんが弟・大毅さんの敵を取る。この興行は大成功するのだった。いっぽう、大相撲の朝青龍さんは強運の持ち主で、一時はやめるのは朝青龍さんが先か安倍晋三さんが先かなんていわれていたのに安倍さんがやめて、からくも話題は時津風部屋問題、亀田さん一家、沢尻エリカさんに行ってしまったのである。
いま朝青龍さんはモンゴルで籠城している。呑気な高砂親方を、いつも寄り切っている。
プロレスリングはかつての熱気がなくなっているのである。見ればスープレックスが得意だったアントニオ猪木さんはびんたおじさんになっている。長州力さんは年を取って、小力になっている。
(*二〇〇七年十月二十八日記)

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