手本は卓球にある
学校名、企業名など日本のバドミントン大会で見る選手の背面は後援者名ばかりである。みな選手の氏名が知りたいのに、頑として後援者名を出すのはどういうつもりだろう。そんな国がほかにあるだろうか。あるとすればそれは、スポーツが個人のものになっていない国だと私はいっている。
海外ではこういった光景はほとんど見られないという。それはいま始まったことではない。スポーツが生まれた昔からそうである。
氏名表示はいうまでもない。選手の氏名を知らない観客は山ほどいる。それを見て氏名表示をしないと分からないといっても、承知しない。ちなみに、氏名表示はあらゆるスポーツで世界の流れだという。
毎年日本で開かれるジャパンオープン・バドミントン選手権大会を見ると、林丹さん(中国)、タウフィック・ヒダヤットさん(インドネシア)、リー・チョンウェイさん(マレーシア)以下十数名までは分かっても後は分からない。選手は世界各国からきているが、全員分かる人は一人もいない。運動服の背面に氏名表示がなくては分からない、ましてや一般の観客はという。
日本のバドミントンが氏名表示をしないのは、これを使いこなす才能と教養がないからである。卓球を見るがいい。そこには観客にやさしい選手の氏名がある。背面に表示されている。すぐ分かるようにしてある。
バドミントンは氏名表示をしなければ分からないのに、それをしないのはその発想がないからである。卓球を見れば彼らの感覚がいかに普通か分かるだろう。はやく真似することである。
(*二〇〇八年二月二十八日記)

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