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2008年3月27日 (木)

元中国選手が仇になる

いくら卓球の世界選手権団体戦(二〇〇八年二月・広州)で日本男子が三位になったからといって喜んでばかりはいられない。準決勝の韓国戦を見てみたまえ。三人のうち二人は中国から国籍を移した選手だったと、知人はいっている。
知人は拘る。日本男子の八年ぶりのメダルは喜ばしいが、元中国選手あってのことだから心から喜んでいいのかどうか分からない。元中国選手頼りではいけないに決まっている。さりとてほかに方法はない。だから、国際卓球連盟(ITTF)が国籍を移して国際大会に出場する選手に関する制限を決めたと聞くとぎくりとする。
ITTFは十五歳未満で国籍を移した場合は三年、十五歳以上十八歳未満は五年、十八歳以上二十一歳未満は七年、世界選手権などITTFが管轄する大会に出場できないと決めている。二十一歳以上は完全に出場を認めない。この規則は五輪、国内大会には適用されないからご安心。
なぜこんなことになるのかと思っていたら理由があるのである。卓球の世界選手権は中国人選手ばかりになっているが、その話を聞いたら、なるほどと思ったのである。
いまのままでは中国人のための世界選手権、異常事態だと考えてくれ。競技の未来を危ぶむ声も出ているが。こうした不安が囁かれている。いま各国の代表は中国から国籍を変更した選手ばかりで、目立って仕方がない。とくに女子は世界順位上位十人のうち中国人は五人、中国から国籍を変更した選手が四人になります。中国人ではない選手はというと、九位の福原愛さんのみになります。彼女は中国勢の一員という話もあります。女子団体二位のシンガポールも三位の香港も中国人選手が主力になっている。
韓国も米国やオーストリアやオランダなども中国出身選手が名前を連ねているのである。スポーツには国籍も、国境もない。あるのは実力だけ、それでいい。なにも問わない。ただここまで世界の上位が一国の出身選手で占められるとです。
これでは人気が低下しかねないが、五輪から外される恐れもある。これは卓球の話だが、やがてバドミントンでもこういった話が出てくるかもしれない。
(*二〇〇八年三月二十七日記)

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2008年3月19日 (水)

健身です(その十八)

●健身です。バドミントンはシャトルを叩くより、鵞鳥を直接叩いた方が強くなるような気がします。
●健身です。バドミントンが好きな知人は賞罰にバツイチと書く律儀者です。
●健身です。試合前の相手の練習を見て負けた気分になることがあります。
●健身です。キム・ヨナさんが韓国民の妹なら、おれの妹でもいいんじゃないですか。
●健身です。このたび嘘つきクラブの会長になりました。バドミントンのとき本当のことをいうためにいつも嘘ばかりつくです。
●健身です。バドミントン界であの人はいい人といわれたら、どうでもいい人だから気をつけないといけません。
●健身です。おれはもてるという選手がいて、みな持て余しています。
●健身です。ラケットは黒色の方が強く見えるような気がします。
●健身です。鬱病で死にたいという元バドミントン選手がいます。鬱病はかならず治るから治ってから死ねといって励ましとるとです。
●健身です。亀田大毅さんはレスリングの方が向いているような気がします。
●健身です。私が手術をしてもだれも心配しません。再起不能といわれてもあの人はだいじょうぶというとです。心配ぐらいしてほしかとです。
●健身です。バドミントンをやめるほどの勇気がありません。
●健身です。練習後、男根と睾丸がちいさくなっています。
●健身です。一目惚れと聞いただけで、米ではなくバドミントンといってしまいます。
●健身です。口撃バドミントンのおじさんがいます。
●健身です。おれが走る河川敷であんまりくっつかないでください高校生の男女。
●健身です。試合時間が近付いているのに大便が出んとです。
●健身です。一ゲームが終わっておれが負けているのだから、相手に助言なんかしないでください。
●健身です。試合のとき嘗めているのは禁止薬物ではなくただの岩塩です。
●健身です。試合のときいつも運動服を七、八枚用意します。一枚しかいらないときがあるとです。
●健身です。スポーツのマッサージなのに、いゃーん、ばかーん、そこ、そこなのよといってしまいます。
●健身です。私の友達の友達はバドミントン選手なんですよね。アルカイダではありません。
●健身です。三段跳びをして、ホップ、ステップ、肉離れだったとです。
●健身です。サッカー日本代表の岡田武史監督を見ると、ロダンの「考える人」に見えることがあります。
(*二〇〇八年三月十九日記)

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2008年3月13日 (木)

林檎と珈琲は仲間である 

林檎に私が興味をもったのは、林檎から抽出されるポリフェノールには筋力を増強して内臓の脂肪を減らす効果があると聞いたからである。赤ワインや黒豆などに含まれるポリフェノールは老化や癌の要因とされる活性酸素を除去する働きがあった。すなわち体脂肪率抑制が必要なスポーツ選手に効果が。
また最近は珈琲には減量や癌の予防に効果ありという研究がたくさん発表されていた。珈琲には健康力が隠されているのである。飲んでいるとき、そんなことは考えたことはなかった。朝飲むと目が覚めてしゃきっとするが、茶素が自律神経を刺激するので、血行がよくなるのである。
代謝が活発になった。脂肪の燃焼が促進されたが、米国での研究によると茶素摂取量の多い人は体重の増加があまりなく、珈琲が糖尿病や癌の予防に繋がるという研究が数多くなされていま大騒ぎである。
多く飲んだ人の方が糖尿病の発症率が低いから、ポリフェノールが血糖値の上昇を抑えるのだろう。珈琲の摂取量が多い人ほど癌になる危険性が低いとする研究結果も発表されている。癌は脂質が酸化してできることはいうまでもない。過酸化脂質が発生原因の一つとされている。
ポリフェノールには抗酸化作用があったが、癌予防に繋がって、珈琲は胃腸の働きをよくし、便秘を解消をした。
珈琲は運動前に飲むと運動能力が高まると聞いたことがある。私はその実感がなく飲んでいる。案に相違して、なにも考えずに飲むのがいいのだった。くつろいで飲むのがいいのだろう。
もっともいい面があるからといってそればかり飲むのは考えものだった。なんでもほどほどなのはいっておく。珈琲にも負の面があるが。毎日飲むと自律神経系の反応低下に繋がるという。それでいて私たちはまったくその実感がない。
十七、八世紀ごろ欧州の話は面白い。珈琲を過度に摂取すると肉欲が根絶やしにされるという話は本当かと声が出ない。ばかりか珈琲には毒があるといわせた大王もいた。不妊の原因となるとされて禁止された時代もあった。
フランスでは珈琲が心身に悪いという風説があった。ために牛乳をよく混ぜ合わせて珈琲の毒性を相殺しようとしたのである。いま私たちがカフェ・オレを飲めるのはそのせいで、あんなもの混ぜてもなんの関係もない。ほんとはなんの効果もないことみなが知っていたとすれば、珈琲は千の接吻より甘かったのではないかと思われる。
(*二〇〇八年三月十三日記)

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2008年3月 6日 (木)

オーストリアからのメール(15)

◆二〇〇七年(平成十九年)十一月二十九日
全日本シニア大会お疲れ様でした。十二月十一日のウィーン西駅からフェルトキルヒまでの時刻を調べたところ、ウィーン九時四十分発、フェルトキルヒ到着十六時四十分で確認しました。しっかり暖かいコートを着ていらっしゃることをお勧めします。
先週月曜日久しぶり練習に行きました。バド暦十年のルドルフ、四十歳の男性なんですが、去年の暮れあたりから右手に激痛が走りラケットがもてなくなってしまいました。お医者さんも神経を痛めているとかいったらしいのですが、諦め切れなかった彼は四月から左手で始めました。みなからそこまでするかといわれながらも練習を始めた彼、一か月ほど会わなかった私は彼の進歩にびっくりしました。
彼自身、右手以外は問題ないからここでやめるのはもったいないじゃない、試してみるのも悪くないよ、と人間やはり前向きであるべきだと考えさせられました。
◆二〇〇七年(平成十九年)十二月四日
今日の夜出発なんですね。ウィーンの田中雅彦さんによろしくお伝えください。
◆二〇〇七年(平成十九年)十二月二十日
オーストリアの旅お疲れ様でした。チェチェン人とのどんちゃん騒ぎありましたね。芦原コーチが帰国されてからずっと最低気温はマイナス8度の世界です。九時からニコちゃんの学級のお母さん仲間の家でのシャンペン朝食に招待されているのですが、いまマイナス9度で、歩いて彼女の家まで行かないとと思うだけで震えが。
十七日は毎年恒例のクリスマスマッチでした。子供から大人まで競技力も混合、性別を問わない混合複。私としては子どもちゃんと組むのが大好きです。
◆二〇〇八年(平成二十年)一月二十二日
今週誕生日を迎えられたんですね。おめでとうございます。バドミントンは十代後半から始めたとかおっしゃってましたよね。ということは四十年以上バドミントンが芦原コーチの人生の地軸となっていると計算していたところです。
私は二週間前の混合複の試合途中、右足の脹ら脛を痛めてしまいしばらくバドミントンができない状態となりました。昨日恐る恐る練習に参加して試してみたのですが完治していなかったらしくまた振り出しに戻ってしまいました。
情けないと思っていたところへドリス(理事長)が自分の後釜にしようとしているノーベルトが封筒をくれ、中を開けてみたところ私とHebiへの誕生日の招待状で「二十年、二十年」と記してありました。彼は二十歳まで生まれ故郷のチロルで、後の二十年をここフォアアールベルグで過ごしたため「二十年、二十年」と表題されていたわけです。評言に、きてくれる方は、僕に贈り物をもってこないでください。みながきてくれるだけで本当に僕は嬉しい。もし、それでもなにかもってこないと気がすまないという人は、僕の愛するフェルトキルヒバドミントンクラブ用の募金箱を用意しておきますのでその中にあなた方の私に対する気持を入れてください。僕に贈り物をしてくれても僕のお腹が成長するだけですが、クラブは資金があることで技術も体制も成長できますと。
ノーベルトは本当にやってくれるなと思いました。いつもみなを笑わせようと企んでいる着想の豊かな人でもあります。Hebiさんと一緒に出席します。それではまた。みはる
(*二〇〇八年三月六日記)

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