オーストリアからのメール(16)
◆二〇〇八年(平成二十年)四月十四日
芦原コーチお久しぶりです。三月、芦原コーチが台湾にいらっしゃった時期は台湾総統選で盛りあがっていた時期ではないでしょうか。選挙とバドミントンはまったく関係はありませんが、また違った台湾の雰囲気でしたでしょうか。台湾の国際大会は優勝を狙っていらっしゃったんですね。残念かもしれませんが私は実際の試合を拝見したわけではないので三位でもじゅうぶん素晴らしいと思います。また団体旅行でなく一人旅をすると、良くも悪くもいろんな人に知り合えるし、いろんな経験ができいい思い出になりますよね。
私も右足の肉離れがようやく回復し、三週間前からどきどきしながらバドミントンを再開しました。二か月ほどバドミントンもせず、おとなしくしていたのですが自分でもびっくり、ぜんぜん退屈ではありませんでした。なんだか私はなにかしらばたばたして退屈する暇がないようです。ナディンちゃんが無事に進学校への進学も決まり、彼女自身も喜んでいました。来年のニコルちゃんがちょっと心配なところです。
毎年恒例の三月のスイスオープン準決勝観戦は子どもたちも一緒に行き、林丹から二人ともサインを貰ってきました。どんなサインかと見たらLDと書いてあり、こんなサインもありとみなで笑ったものでした。いちばん簡単で分かりやすいですね。毎年観戦をしながら思うこと、私がいつも競技しているコートと同じ大きさ。コートが本当にちいさく見えるのです。それだけ選手の動きが速いんですよね。フットワークにしても、ネットプレーにしても、すべてが違うと思い知らされます。
そうそうダビッド君がスイスオープンの審判員をしました。その一週間後、彼は中国へと向かったのでした。いつの日かまたオーストリアに戻ってくるか、そのまま中国で仕事を続けるか、とにかく中国での彼の人生が素晴らしいものになることをみなで激励しました。
芦原コーチは映画はお好きですか。「007」の次回作の撮影地に、ブレゲンツの湖上の音楽祭会場とフェルトキルヒの市街地が選ばれました。、来月あたりフェルトキルヒの街中は映画撮影中閉鎖されるそうです。映画好きの私は本当に嬉しくて撮影見学できるかしらと思っていたところに、ボンドの端役を千五百人応募と新聞に掲載されていて、映画好きな友達三人と応募会場へと足を運びました。けっきょく五千五百人応募が集まったらしく、確率から見ると無理だねと思っていたところになんと、先々週電話があったんです。
内容は私に黒い衣装をもっているかという電話でした。一緒に行った友達には電話もかかってきていないので採用される確率が高まってきました。今週あたりに結果を連絡するといっていたその返事がまだないのです。来週あたり電話しようかしまいかとうじうじしている私でした。
◆二〇〇八年(平成二十年)四月十七日
ボンドの端役の話しそんなに面白いですか。募集の日は狂っていたんです。端役の募集は金、土、日曜と三日間あり、前日木曜日のバドミントンの練習後、芦原コーチも行った料理店へいつものように飲みに行った際、みんなに今週末一緒にだれか行かないか聞いたんです。みんなに笑われました。私のような人を「わさもん」と熊本ではいうんですよね。
ドリスも、えー、みはる本当に行こうと思ってるのと信じられないって顔でした。私と一緒に行った、友人とメディコ、その友人は会場前のあまりの人の多さに1時間くらいで帰っていきました。募集の初日で会場の前は押し合いへし合い状態だったんです。
私にとって本当に初めての経験で、胸が圧迫されると危ないよとメディコと私、両手で鞄をひたすら前に握り締めて我慢しました。メディコは人が多過ぎて息ができない、こんなのグルジア共和国の革命以来だわ、圧死する人の気持が分かったような気がしました。
こちらの方々は身長が高いのでちいさな私は前方がどうなってるのかまったく見えないんです。こんなの狂ってると叫んでる人がいるかと思うと、じゃあ、出て行け、そうしたらすこしでも場所ができる。
私はメディコに、これも忍耐を試されてるのかもよといい方に考える努力。その中で待つこと3時間、外なので寒いはずなのに汗がだらだら、便所にもいけず。やっと入れた会場、手は震え、めまいがして、応募番号をもらって名前や住所や身長、胸囲、足、頭の大きさを測ってもらい書き込まねばならないが、手が震えて字が書けない。これではいけないと会場内でコーラを注文して飲んだコーラ。コーラがこんなにおいしいしいとは知りませんでした。しかし、やつれた姿で写真を撮られ、散々でしたが、結果よければそれでよし、ジェームスが見られるんですから。
昨日待望の電話がありました。四月二十三日、衣装合わせにブレゲンツに行ってきます。
芦原コーチはマレーシアに行かれるんですね。それではまた。みはる
(*二〇〇八年五月二十五日記)

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