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2009年1月26日 (月)

だれも知らない中国の悩み

中国の一流選手たちは、北京や上海など国の直轄市や省のチームに所属していた。それぞれの拠点で合宿生活を送っている。中国全土から選ばれた十五歳から二十九歳の選手が指導を受けている。
選手強化はそれほど順調ではないという。選手たちはあまり一生懸命に練習をしなくなっている。
挑戦心に欠けるという、コーチが嘆いている。いくら挙国体制の弊害だといわれても、なにがなのか、我々には分からない。その肝心なものをもたないのだからなにも分からない。上海市チームの場合、十六歳になると給料が支給されると聞いても驚かない。多くの選手はそれに安住する。
五輪でメダルを狙うという野心が希薄になるのだという。そんなものかもしれない。強化費は体育学校から省、市のチーム、国家代表まですべて国が負担する。それがどうもよくないらしいのである。
国が莫大な強化費を投入する方法が選手の向上心を妨げているというのである。いま中国の選手たちは怠け者らしい。コーチは自分は保母さんみたいだと笑うが、バドミントンでは集団脱走が起こっているではないか。たぶん一人っ子政策が選手の気質に大きく影響している。親が子どもに苦労をさせたがらない。
なにも苦しんでスポーツをやらなくてもいいという風潮があるのだった。自立できない選手が増えていると、関係者は悩んでいる。
中国では子どもの体力低下が深刻な問題になっている。それでも中国は強い。バドミントンなど手が出ないぞ。幼いころから発掘に力が注がれて、原石を見付けると骨を検査して、両親の体格を調査する。
将来の身長を推測する。将来性なら、もちろん見る。十五歳になると、単をするか複をするか見極む。計画的だ。
元国家代表チームの知人はバドミントンやめなさいと何度もいわれたことがあるというが、見込みがないと判断されたら、すぐ切り捨てられるのだ。
以上が中国のやり方、この方法がいいと信じる日本人が一人でもいるだろうか。私はみなが承知のことをしばしば書く。
(*二〇〇九年一月二十六日記)

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2009年1月19日 (月)

男子マラソンこの時代遅れなもの

福岡国際男子マラソン(十二月七日)で入船敏さんが2時間9分23秒で日本人一位の二位になっている。記録はよくない。八月の世界選手権代表に内定したが、優勝したツェガエ・ケベデさん(エチオピア)の記録は2時間6分10秒で、その差は3分13秒もあって話にならない、残り十キロで3分離されたと、非難されているのに、それと気付いていながらどうすることもできなかったのは、力が違ったからである。
世界の男子マラソンは後半に追いあげるという時代は終わっている。すでに勝負にならない。日本選手は、最初はゆっくりで、後半全力を出すものがたくさんいる。最近は最初から離されて、それができなくなっている。
世界では一万メートルなどで活躍した選手がマラソンで旋風を巻き起こしている。それと知りながら、なんの手も打てずにいる。
日本選手には最初は自重するという固定観念があるが、時代遅れである。
どうしてこんなことになったかというと、持久力づくりを主にしてきたからである。練習法が間違っていたからである。いまは一万メートルで27分代の力がなければ勝負にならない。
最初から一万メートルの日本記録を破るくらいの速さがいる。まず一万メートルの記録をあげる。それをマラソンに波及させることが分かる。以前からそういわれている。そこへこの高速化である。速さがない日本選手はどうにもならないという。そんなことは私でも分かるのである。
ためしに練習を見るとその練習には力がない。それも駅伝の練習ばかりしている。駅伝で勝つための練習になっている。駅伝はマラソンや長距離の訓練の一つのはずである。日本の男子マラソンはお家芸のはずなのに、いまもっとも駄目な存在になった。女子マラソンについていわなかったのはやがてこれに準じるからである。
(*二〇〇九年一月十九日記)

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2009年1月 5日 (月)

鈍感力

スポーツ選手はがんばれとはいっても、みなが成功するわけではないから、世界中の指導者は困った。じつをいうと、成功者に欠かせない資質があった。米国の学者の言葉を借りればだか、これは楽観的なことである。
だいいち楽観的な人は悲観的な人に比べ困難を乗り越える能力が高い。プロの世界で、成功するのは特殊な場合だから、ほとんどが人知れず首になることなら、ご存じだろう。その厳しさを考えると、月給取りの方が安全だ。首になったものと成功者の間に、どれほどの違いがあるかだった。
野球にしろサッカーにしろプロに行く人はみな優秀だ。なのにAさんは首になりBさんは残った。一口でいうなら、これはスポーツ力だけではない。
プロの世界に入るといろいろある。順調なときもあります、正選手を外されることもあるだろう。二軍に落とされることもある。球拾いだってさせられるではないか。これは腐る、落ち込むだろう。自信を失わない人はいまい。問題はここにある。
楽観的な人は腐らずにやる。前向きにやる。重要なのがこの鈍感力で、いい意味での鈍さだった。正選手を外されても、つねに気持を明るくもつのである。
明日は檜になろうという気持を持ち続けていく力だった、プロであればあるほどだが、こうした鈍感力が必要なのではないか。駄目なときでも何度も立ちあがる鈍感力こそがあなたを優秀な選手にするのではないか。それならもっと鈍く強かになるがいい。
(*二〇〇九年一月五日記)

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