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2009年3月30日 (月)

バドミントン川柳

◆なぜだろう/おれがいないと/うまくいく(監督)
◆がんばれよ/試合済んだら/はよやめよ(部活)
◆さあやるか/明日からやるか/もう四年(大学生)
◆仲良しに/なって精鋭/だけが欠け(部活)
◆得意技/困ったときの/大声か(ドロップ)
◆終わるまで/僕のエンジン/点火せず(試合)
◆自分より/弱いのもいて/いい試合
◆同じ釜/飛び出す僕は/オフサイド(バドミントン界)
◆実績は/なにもないのに/見栄は張る(役員)
◆浴槽の/タオルで取れぬ/欲の皮(役員)
◆年寄りが/連立政権/僕野党(バドミントン界)
◆おれは勝つ/相手棄権で/不戦勝(試合)
◆全員で/なんにもしない/根比べ(協会)
◆正直に/役員ばかと/書くコラム
◆いつの世も/組織誤る/狐あり(協会)
◆使途不明/使ってみたい/裏帳簿(協会)
◆役員の/口につけたい/万歩計
◆行楽地/いつもの癖で/ランニング
◆会合後/病気比べの/慰労会(古参幹部)
◆陰日向/あるやつばかり/陽が当たり(バドミントン界)
◆新型が/売れず最新/型を出し(ラケット)
◆コーチ業/困ったときの/がんばれよ
◆来年の/試合まず見る/カレンダー
◆おれは羽根/娘はディスコで/跳ねてみせ
◆気がつけば/あそこもここも/空洞化(協会)
◆定年後/僕はコートを/徘徊す
(*二〇〇九年三月三十日記)
上記はサラリーマン川柳コンクール作品参照

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2009年3月23日 (月)

田舎の方が進歩的ではないか

三月二十日、私は調整をかねて、朝倉市オープン・バドミントン大会に出場した。大会は出場者も多く、なかなかの盛会である。種目が、男女単複A級、B級、C級、D級に分けられていたのは、公平でいい。
力に応じて出場できるのは、とてもいいことだった。出場資格はバドミントン愛好者ということだけだった。単純で、明快だった。だれでもよしだった。
出場者は、十代から六十代までいろいろだった。だから、大会は年齢を超えて楽しめた。県境を越えて楽しめた。
スポーツはもともと越境型で、はじめだれでもOKだったが、日本はつぎからつぎと壁をつくってそうはしなかった。それはするなといっていることと同じだった。
むろん遮断機になってはいけない。県バドミントン協会(県バ)主催の大会は日本バドミントン協会(日バ)登録者というから、出場者が思うように集まらない。大会が中止になっているじゃないかとだれかがいったが、現在なんら変わらない。
けれども大会はそもそもみなが出場してくれなければなにひとつ始まらない。ただし、いまは登録のいらない大会がいっぱいあるから、愛好者はすこしも困らない。以上、愛好者人口は二百万人といわれている。
朝倉市オープンは小学生も出場していて楽しかった。したがって、将来が楽しみだ。副賞には野菜などもあって、面白かった。お楽しみの景品もあって、みなさんにお勧めしたい大会である。いまは田舎の方が進歩的なのでした。
(*二〇〇九年三月二十三日記)

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2009年3月16日 (月)

教えたがる

人生教師になるなかれという言葉がある。人は教えたがるが、教えたがってどうしようもない、年を取ると教える資格が生じると思うから、むろん誤りだ。
人の病は、好んで人の師になるにある。これは二千年も前に古人がいっています。たぶん人は教えることが大好きなのだろう。昔は人に教えるという行為は自分にしっかりした理論がないとしないものだったが、いまは教えたがりが優先して、それは二の次になった。
大学バドミントンには後輩が先輩や卒業生に助言を求める習慣がある。聞く気はないのに聞くから、意味はない。思わず本当に聞きたいのかと見るとそれがないのである。
ただ聞いているが、無駄である。聞く方は形式的に聞いて、答える方は無責任に答えてそれなりになるが、本気じゃないから効果はない。
いつもそうである。それがのべついっている。儀式のようなものだから、後は朧である。
かつて助言は求められてもいわないものだったが、いまの先輩、卒業生は見るからに親切である。助言をしたくてしている、それが教えたがりにぴったりだそうである。
すでにいわないことを拒否するものがある。黙っていることを望まぬものがある。このたぐいは増えるばかりである。教えたがって、教える時代になったのである。すべて年を取ることから生じたことで、年を取るとどうなるか、こうなるという一例である。
(*二〇〇九年三月十六日記)

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2009年3月 9日 (月)

オーストリアからのメール(18)

◆二〇〇九年(平成二十一年)二月二十五日
芦原コーチお久しぶりです。相変わらずバドミントンを頑張ってらっしゃるようですね。安心しました。二十二日にオーストリア公認のバドミントン指導員の資格が取れたところです。オーストリアのバドミントン指導員資格は三段階に分かれていて、私が取得したのは三段階目だから三級。私の住むフォアアールベルグ州と隣のチロル州のコース受験者十四人が60時間の課程を受講しました。
先月の課程ではあまりの持久力のなさに途中で気分が悪くなってしまいました。最後の90分のトレーニング・テストでは、四人の子ども十四歳、十歳が二人、八歳の子が私に振り分けられ、課題は告知されていたネットへのフット・ワーク。準備運動30分、フォアハンド30分、バックハンド30分と予定表を組み、事前に審査官に自作の訓練計画を提出し、その表をもとに行いました。
二人の審査官と他の受験者が見る中の90分はいやー、恥ずかしいなあ、と待ってるときがいちばんどきどきしました。この二人の審査官は芦原コーチがいつもすれ違いで会うことのできなかった国強化指導者のフェレーナと、会われたことのあるドルンビルン・スポーツ・ギムナジウムのバドミントン指導者のウォルフガング。フェレーナは指導者としてもつべき必要なものをすべてもっている人に出会ったと感じました。
チロルの人たちともいろいろお話をしましたが、チロル州のバドミントンはフォアアールベルグよりかなり水準が下だそうです。もっと低いのかとびっくりしないでくださいね。フォアアールベルグ州は芦原コーチも見られたように、州の強化練習がドルンビルンで行われたり、年に一、二回の割合で州の指導者の研修会が開催されたり、かなりまとまっています。チロル州は面積が広いため、各バドミントンクラブで助け合って、強化練習等を行うには無理があるそうです。チロルは連携がかけているといっていました。
バドミントンはこのくらいにして、スキー学校ですね。オーストリアはスキーしかありません。みなの話題もメディアもこの時期はこればかり。もちろんスキーの教育ママ、パパが大勢いらっしゃいます。
国立スキー学校はチロル州のStams(スタムス)にあります。全寮制で高校普通科五年制、もしくは商業科四年制に分かれます。アルペン競技、ジャンプ、クロス・カントリー、ノルディック種目、スノーボードに分かれて密度の高い教育を受けるので有名です。スイス、リヒテンシュタイン、ドイツ、イタリアからもきているようです。
ここへの入学はかなりの狭き門と聞いています。私の友人の友人の息子さんがここに入学しましたが、途中で挫折しました。彼はアルペン選手でフォアアールベルグ州でいつもちいさなころから優勝していたそうです。ただすごく練習が嫌いな子で、でも、試合に出ると断トツ一番。でも、これは州での話し。このスキー学校に入ったものの挫折の道を道を歩むこととなり、現在は地元のギムナジウムに通っています。あの輝かしい舞台に立てるのは本当に一握りの人たちなんですよね。
そうそう、今週でお祭りシーズンが終わり、今週末は芦原コーチも見られたあのオーストリア式どんどやがありますよ。みはる
(*二〇〇九年三月九日記)

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2009年3月 2日 (月)

健身語録の三十(19)

■現状肯定がいちばん恐い。
■直向きにやれば世間は評価する。
■諭すときは柱の陰で。
■バドミントンがこうしろと教えてくれる。
■でっかい選手をやつけるのは小技の精度。
■気負ってもいい競技はできない、平常心。
■コートに立つ気持は有名な歌手や俳優になった気持。
■バドミントンは甘くないよ。
■試合は最善の準備を怠ると負ける。
■たんに試合を楽しむのではなく、優勝者になるという意気込み。
■自分で身につけた形がいちばん強い。
■逃げたら終わり。
■試合は自尊心と野心のぶつかり合い。
■たとえ今日失敗しても明日はなんの失敗もしてない新しい一日。
■曲がり角の向こうに最高のものが待っている。
■満足したら下降線。
■問題はなぜできないではなく、なぜできる。
■するもしないも本人次第。
■選手は戦いの場に出て試合を楽しむ、体調が百%であろうとなかろうと。
■そこそこの練習、そこそこの試合じゃうえには行けないよ。
■優しい言葉だけでは強くならない。
■恐い存在がいないというのが、その人にとって不幸。
■だれかがやらねば始まらぬ。
■他人と過去は変えられないが、自分と日本バドミントンの未来は変えられる。
■戦争は勝つても負けても人が死ぬ、バドミントンは戦いが終われば握手で別れられる。
■バドミントンは千年の恋。
■自分は弱いことを自覚して努力することが大事。
■町のクラブづくりは百年単位。
■バドミントンに限界はない、限界があるということじたい無理がある。
■弱い者には弱い者の勝ち方がある。
(*二〇〇九年三月二日記)

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