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2009年5月14日 (木)

都道府県バドミントン協会

みなが呆れているのに当事者が呆れないことが山ほどある。ことに都道府県バドミントン協会(協会)にある。いま多くの協会は機能不全に陥っていた。そうしてみれば何事だとみなは思うが協会は思わない。いままでなにもしてこなかったから、いまさらなにもできないのだろう。
なぜだろう。旧態依然としていた。このことに私は驚いている。
誤った固定観念に支配され、なにもしないとはどういうことだろう。だいいち協会に規約が五十年以上もなかったなんてみなは夢にも思わなかった。
協会は自分の都合の悪いことなら努めていわないからこれもその一つなのだろう。いまの時代にホーム・ページ(HP)もなくやっている。あっても更新されないでいる。HPは情熱の目安といわれる、ここにはそれがない。
一貫指導とよくいうが、一貫してないのが一貫指導だろう。選手のプロ化、指導者のプロ化、組織のプロ化が必要だというが、協会はいわないのか。どうしたらいうのか。
協会の無策はいま始まったことではない。いちど解体した方が、いいのではないか。組織は人、金、物が大切といわれる。解体はすこしは役立つだろう。
協会は組織が機能してないのを知りながら、それを歯牙にもかけなかった。由緒ある大会が中止になったり、怠慢が続いたりするのは、無責任ではないか、命を賭けてバドミントンの仕事をする人がいないとみなは思うが協会は思わない。もう一つ肝心のバドミントンを本気でよりよくしようと思っているのか、これまたいわないから分からない。だれもなにもいうはずがないと知って安心しているのではないか。
この問題には古参幹部が絡んでいると見ている。彼らはほとんどが現状肯定で、いつまでも引退しないで、年に数回、あるいはまったく顔を見せない人物たちである。親しいがゆえに馴れ合いや遠慮が生じるのかもしれないが、退いてもだれも困りはしない。なのになぜか一言も触れない。大方の協会とはつねにかくのごとしという例の一つとしてあげた。
(*二〇〇九年五月十四日記)

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