2008年7月 3日 (木)

ニッカ、サントリー、オールドパー 

高校野球の有名校が、勝って学校の名前を売る必要があることは知っていた。野球は学校の広告塔で、経営そのものだというのでそうだと思った。優勝とともに、学校は有名校になった。監督は教育者の鏡になるのだそうだ。
もともと有名校は、マスコミが持ちあげたから有名になったのである。直向き、爽やかなどと歯の浮くようなことをいって、不祥事が起こったら手の裏返して、有名校を葬る一大運動を張った。
私は高校野球ならみな眉唾というくらいだから、むろん眉唾だと思っていた。高校野球そのものはテレビのニュースでちらっと見るだけである。監督のセクハラや落書き問題などありながら、郷土の誇りなどいうのはおかしく見えた。ただし、特別扱いするところはよく分からなかった。
甲子園は百人以上がプロ志望届けを出すのだから、プロ野球予備軍の見本市だった。有名校ほど暴力行為が多いという。喫煙ぐらいしないはずがない。二〇〇七年の野球部員の特待生は三百七十六校で、七千九百七十一人で、びっくりする数になっている。みなは特待生に好意的である。野球以外では問題になっていないというのである。日本高等学校野球連盟ばかりが喧しくいうというのである。だから、特待生のどこが悪いといって、ことに私立は食ってかかるそうである。
けれども特待生はその時代と大人の鏡である。有名校の中から代表的な何校かを選んで調べたら、A校は通称ニッカ、B校はサントリー、C校はオールドパーであることを発見するだろう。
ニッカは学費など二つを免除することだと聞いている。サントリーは寮費など三つを免除することだし、オールドパーはすべてが免除だというではないか。そんなことをしていればすべての者を堕落させてしまうだろう。
(*二〇〇八年七月三日記)

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2008年6月26日 (木)

賞金はないはもうない

ちょっと古いが、二〇〇七年十一月のことだった。新聞を見たら、テニス全日本選手権の男子単の優勝賞金は二百二十五万円とあったが、目に入るのは仕方ない。水泳は日本短水路選手権の世界新に二百万円の賞金を出すといっただろう。全日本総合バドミントン選手権大会(全日本)はなにもないと思ったら、奇異な感じがした。そう思ってしまうのである。
その横に、ゴルフ史上最年少の賞金女王と出ているのを見た。二十一歳で一億五千九百六十一万円である。
そのときの大会の優勝賞金が千六百二十万円である。バドミントンでこれだけ稼げるかと思っている。稼げてはじめて一流スポーツである。全日本に賞金がないどころかがんばればかりのバドミントンごときはまず落第である。それならゴルフや野球である。お金でいっぱいなのが一流スポーツである。
すでにしておかしい。このまま賞金を出さなくてどうしようというのだ。二〇〇八年一月の新聞にバレーボール全日本選手権の優勝賞金は一千万円とあった。バドミントンに賞金を出さぬどんな理由があるというのか。分かってないのだな、まるで。
米大リーグを見ると、二〇〇七年の平均年俸最高はヤンキースの八億円だそうである。バドミントンの売れっ子オグシオの年収は五百万円と聞いている。なんじゃこれである。そうしてみればやっぱりお金なのである。バドミントンの第一種年次大会に賞金が出るようになってはじめて、この不満はやむ。
これはマクドナルド理論だ。ハンバーガーのマクドナルド店がある国ではバドミントン大会に賞金が出るのである。その国の経済がマクドナルドの系列展開を支えられるぐらいまでになるとだった。選手は賞金を求めるようになるのである。賞金を出さない代価は著しく高くなって賞金を出すようになるのである。
それでも以前はまだよかった。選手は金品を受けてはならないといっておればよかった。いまはそんなことはいえなくなっている。「クレヨンしんちゃん」がテレビで見られる国ではそんな話は通用しなくなった。賞金はないはもうない。
全日本の賞金化は時間の問題であって、すんなり行くのではないかと思っている。けれども反対する者は絶対にいる。そしてそれはいつの時代も同じく時代遅れなのである。
(*二〇〇八年六月二十六日記)

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2008年6月19日 (木)

健身です(その十九)

●健身です。バドミントン選手は魚、魚、魚、魚を食べても頭、頭、頭、頭はよくなりません。
●健身です。日本は侘び、寂の国です。最近のスポーツ界は詫び、詐欺じゃないですか。
●健身です。再婚希望の元バドミントン選手は高血圧、高脂血症、高コレステロールの申し分のない三高です。
●健身です。秀樹がバドミントン大会で優勝しました。秀樹感激。
●健身です。秀樹が一回戦で負けました。秀樹惨劇。
●健身です。バドミントン選手は腰から下が足、女優は胸からうえが顔といって後悔したとです。
●健身です。ハルウララが馬刺しになったと聞きました。
●健身です。マラソンって沿道にこんなに人がいるんだ、バドミントンって回りにこんなに人の足を引っ張るやつがいるんだ。
●健身です。高校野球のサイレンの音を聞くと空襲警報と思ってしまいます。
●健身です。道路特定財源からバドミントン用具支出だけはいいと思います。
●健身です。子どもたちに素振りをさせていたら、空ふりの練習をしてなんになるといわれました。
●健身です。乞食のW杯(サッカー)に五十か国ですって。そんな暇があったら働いたらいいじゃないですか。
●健身です。フェルナンデスさんってヘタナンデスか。(*楽天)
●健身です。気がついたらバドミントンの神様の家来になっていたとです。
●健身です。練習はどれくらいやっているのと聞かれたのでべつにと答えたら、べつにはエリカよりあなたの方が先なのねといわれました。
●健身です。スマッシュが男のいちばん大切なものを直撃しました。説明してもこの痛さは女には分からんとです。
●健身です。知人のバドミントン選手が結婚することになりました。人間は判断力の欠如によって結婚し、忍耐力の欠如によって離婚し、記憶力の欠如によって再婚するとです。
●健身です。バドミントンはなん手も先を読むスポーツだといったって、いつもいまが読めてないじゃないですか。
●健身です。掌に諦めなければ夢はかなうと不滅インクで書いてみました。諦めずに消そうとしても消せんとです。
●健身です。貯金、年金、髪の毛、妻の愛情、バドミントン寿命がどんどん減っていくとです。
(*二〇〇八年六月十九日記)

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2008年6月12日 (木)

昔は「ハイル・ヒトラー」といった

恥ずかしいなんてものじゃない、いまの日本人は「ハイル・ヒトラー」の意味も知らない、それは戦争を知らない世代だからだと聞いた。
ついこの間の某県高等学校総合体育大会(県高校総体)の開会式のことだった。病院の待合室でちらっとテレビを見たら、入場行進で多くの学校が「ハイル・ヒトラー」紛いの右手を斜めに挙げるファシスト(ナチス)の敬礼をしていたから、びっくりしてしまった。
後日私はそういってなにがいけないのかと問われた。ベルリン五輪(一九三六年)のナチス選手団にぴったりだよといったが通じない。アドルフ・ヒトラーさんのユダヤ人虐殺は知っているかといったら、やっと思い出してくれたが、開会式の敬礼とは繋がらなかったようだ。
日本の入場行進ではファシストの敬礼をしているのをまだ見る。あの敬礼を、意味も知らずにやっている者が多い。
ファシストの敬礼は禁忌だったが、ヒトラーさんやベニート・ムッソリーニさんの亡霊なら喜ぶかもしれない。いまとてナチズムは死に絶えたわけではない。ナチ党員と政治思想は残っている。テレビでときどき見るのである。
県高校総体の開会式を見ると、不愉快になる。ファシストの敬礼で、あれはやってはいけないという者がいないと分かる。いう者がいなくてもやってはいけないことに相違はない。
知っているいないにかかわらず右手を斜めに挙げる敬礼には深い意味があるのである。いつぞやあれを私はヒトラー万歳だと書いたが、これはナチス賛美とみなされて、ドイツでは逮捕・処罰の対象になるのである。
海外のスポーツ大会を見よ。あれは御法度で、やらないことになっている。それなのに日本人は意味を知らないからファシストの敬礼はやまない。各高校の校長さんが選手団の先頭に立ってしているのである。だから、私は禿や白髪は教養の印ではないと遠慮しいしいうのである。
(*二〇〇八年六月十二日記)

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2008年6月 8日 (日)

負けても負けても

この世で確実に起こることが二つだけあることが、元サッカー・アイルランド監督ハンドさんの話を聞いて分かった。人は死にサッカーの監督は首になった。オマーン・サッカー協会は、二〇〇八年六月二日のワールドカップ(W杯)アジア三次予選、日本戦(日産スタジアム)に0対3で破れたオマーン代表のリパス監督の解任を決めた。オマーン協会専務理事の話だが、我々は国家代表チームの日本戦での戦いぶりに失望したというのだった。
はたしてサッカーの監督はすぐ責任を取らされた。Jリーグはというと、これも日常茶飯事になっている。
バドミントンの、監督はどうかだった。なかなか首にならなかった。日本の女子はユーバー杯二〇〇八で全敗だったから、どうなるのかと見ていたら首にならなかった。
サッカーなら絶対そんなことはない。すぐ首になった。
負けてもバドミントンはだれも責任を取らないから、バドミントン界に、そんな奇特な人はいないと思うことがある。責任という言葉がないんだな、いつも負けて、いちいち監督は責任を取っていられないのだった。いくら首があったって、足りないのである。
そう思う。監督やコーチはもちろん会長以下役員たちみなが責任を取らぬ。ということはというと、裏を返せばすべてを賭けてバドミントンの仕事をやる人がいないということになる。
がんばる人は、いないのだから、責任を取るかどうかは覚束ない。まあ、そういうことである。サッカーの監督は、首になったがそれもいまはバドミントンに欲しかった。筋ぐらい通した方がいいとこのごろ私は思うのである。
負けても負けてもだよ、バドミントンは責任を取らなかった。サッカーを見てこんなことを思った。
(*二〇〇八年六月八日記)

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2008年6月 1日 (日)

なにゆえの高速水着

以前私は棒高跳びがいかにポールに左右される競技であるかをいった。ことに十九世紀には三メートルだった世界記録を、いまは女が凌ぐばかりか、六メートルを超すまでになった。
東京五輪(一九六四年)のころは日本記録は四メートル七〇といっていたのに、女も超すというのは超し過ぎではないのか。もし失礼でないとすれば、それはことごとくポールの改良のお陰だということになる。
最初ポールはヒッコリーという堅い木だったのである。それが竹に替わって、さらに金属に替わっている。
記録はグラスファイバーに替わって飛躍的に上昇したのである。魔法の杖のお陰である。身体能力はそんなに急に伸びないからそう考える。身体能力じゃないポールだといくらいっても聞かない。棒高跳びを支配するのはしなりの強さ、反発力を生み出すポールだから、軽くて強いことであって、これにはだれも異論がない、記録はポールのお陰ばかりではない、すなわち身体能力+ポールと思われるが、ポール依存は変わらない。陸上はトラックの改良と聞く。そもそも土がアンツーカーに替わったが。いまはポリウレタンや合成ゴム塗装である。
記録が向上したのは全天候トラックのお陰で、この恩恵はもっとも短距離が受けている。いくら練習といわれても私は言葉よりトラックを信ずる。絶対トラックだという。
けれども関係者はあまりそのことをいわない。ポールの改良によって棒高跳びの記録を伸ばすことは容易である。トラックや靴の改良によって陸上の記録を縮めることも容易である。
水泳はスピード社の高速水着で、世界新記録が相次いでいるがちっとも快挙に見えない。あれは水着が泳いでいる。選手たちは0秒1を縮めるために厳しい練習をしているのである。それが水着を替えただけで何秒も短縮するのである。
ここにみな嬉しいというより複雑な思いをしている。ゆえに水泳はスピード社の高速水着を着ないと、話にならないと言い張るのは、一種の技術的ドーピングである。いまスピード社の高速水着は体の締め付けが厳しいとメタブーの人たちに大人気である。
(*二〇〇八年六月一日記)

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2008年5月25日 (日)

オーストリアからのメール(16)

◆二〇〇八年(平成二十年)四月十四日
芦原コーチお久しぶりです。三月、芦原コーチが台湾にいらっしゃった時期は台湾総統選で盛りあがっていた時期ではないでしょうか。選挙とバドミントンはまったく関係はありませんが、また違った台湾の雰囲気でしたでしょうか。台湾の国際大会は優勝を狙っていらっしゃったんですね。残念かもしれませんが私は実際の試合を拝見したわけではないので三位でもじゅうぶん素晴らしいと思います。また団体旅行でなく一人旅をすると、良くも悪くもいろんな人に知り合えるし、いろんな経験ができいい思い出になりますよね。
私も右足の肉離れがようやく回復し、三週間前からどきどきしながらバドミントンを再開しました。二か月ほどバドミントンもせず、おとなしくしていたのですが自分でもびっくり、ぜんぜん退屈ではありませんでした。なんだか私はなにかしらばたばたして退屈する暇がないようです。ナディンちゃんが無事に進学校への進学も決まり、彼女自身も喜んでいました。来年のニコルちゃんがちょっと心配なところです。
毎年恒例の三月のスイスオープン準決勝観戦は子どもたちも一緒に行き、林丹から二人ともサインを貰ってきました。どんなサインかと見たらLDと書いてあり、こんなサインもありとみなで笑ったものでした。いちばん簡単で分かりやすいですね。毎年観戦をしながら思うこと、私がいつも競技しているコートと同じ大きさ。コートが本当にちいさく見えるのです。それだけ選手の動きが速いんですよね。フットワークにしても、ネットプレーにしても、すべてが違うと思い知らされます。
そうそうダビッド君がスイスオープンの審判員をしました。その一週間後、彼は中国へと向かったのでした。いつの日かまたオーストリアに戻ってくるか、そのまま中国で仕事を続けるか、とにかく中国での彼の人生が素晴らしいものになることをみなで激励しました。
芦原コーチは映画はお好きですか。「007」の次回作の撮影地に、ブレゲンツの湖上の音楽祭会場とフェルトキルヒの市街地が選ばれました。、来月あたりフェルトキルヒの街中は映画撮影中閉鎖されるそうです。映画好きの私は本当に嬉しくて撮影見学できるかしらと思っていたところに、ボンドの端役を千五百人応募と新聞に掲載されていて、映画好きな友達三人と応募会場へと足を運びました。けっきょく五千五百人応募が集まったらしく、確率から見ると無理だねと思っていたところになんと、先々週電話があったんです。
内容は私に黒い衣装をもっているかという電話でした。一緒に行った友達には電話もかかってきていないので採用される確率が高まってきました。今週あたりに結果を連絡するといっていたその返事がまだないのです。来週あたり電話しようかしまいかとうじうじしている私でした。
◆二〇〇八年(平成二十年)四月十七日
ボンドの端役の話しそんなに面白いですか。募集の日は狂っていたんです。端役の募集は金、土、日曜と三日間あり、前日木曜日のバドミントンの練習後、芦原コーチも行った料理店へいつものように飲みに行った際、みんなに今週末一緒にだれか行かないか聞いたんです。みんなに笑われました。私のような人を「わさもん」と熊本ではいうんですよね。
ドリスも、えー、みはる本当に行こうと思ってるのと信じられないって顔でした。私と一緒に行った、友人とメディコ、その友人は会場前のあまりの人の多さに1時間くらいで帰っていきました。募集の初日で会場の前は押し合いへし合い状態だったんです。
私にとって本当に初めての経験で、胸が圧迫されると危ないよとメディコと私、両手で鞄をひたすら前に握り締めて我慢しました。メディコは人が多過ぎて息ができない、こんなのグルジア共和国の革命以来だわ、圧死する人の気持が分かったような気がしました。
こちらの方々は身長が高いのでちいさな私は前方がどうなってるのかまったく見えないんです。こんなの狂ってると叫んでる人がいるかと思うと、じゃあ、出て行け、そうしたらすこしでも場所ができる。
私はメディコに、これも忍耐を試されてるのかもよといい方に考える努力。その中で待つこと3時間、外なので寒いはずなのに汗がだらだら、便所にもいけず。やっと入れた会場、手は震え、めまいがして、応募番号をもらって名前や住所や身長、胸囲、足、頭の大きさを測ってもらい書き込まねばならないが、手が震えて字が書けない。これではいけないと会場内でコーラを注文して飲んだコーラ。コーラがこんなにおいしいしいとは知りませんでした。しかし、やつれた姿で写真を撮られ、散々でしたが、結果よければそれでよし、ジェームスが見られるんですから。
昨日待望の電話がありました。四月二十三日、衣装合わせにブレゲンツに行ってきます。
芦原コーチはマレーシアに行かれるんですね。それではまた。みはる
(*二〇〇八年五月二十五日記)

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2008年5月18日 (日)

バドミントンのもう一つの敗北 

水泳の競泳で三十一人の北京五輪代表選手が内定した。代表選手はほぼ全員がスイミングクラブ育ちで、いまも練習は基本的にクラブでしていると聞いたから、そうだろうなと思った。水泳らしい。一九六四年の東京五輪で日本の水泳陣が獲得したメダルは男子八百メートルリレーの銅一個だった。
それなら立て直しが必要になる。参考になったのは二十二種目中、十六種目で優勝した米国だった。米国の国歌が水泳の歌と思われたほどの強さだった。ご記憶だろう。米国の強さがスイミングクラブの存在だったことはいうまでもない。スイミングクラブをつくらなければならない。子どもたちに泳ぎを教えなければならない。アテネ五輪を見ていたら、水泳の活躍だった。スイミングクラブの影響が大きい。合計メダル十個。
一九六五年にスイミングクラブの第一号をつくり、町のクラブに切り替えたのが水泳であり、現在、日本スイミングクラブ協会加盟のクラブは約千百になるのである。
自前のプールで水泳教室を開いている施設も、公共のものを除いても約三千百になるらしい。アテネ五輪の活躍の答えがここにある。その水泳は各地のスイミングクラブづくりを応援してきたが、バドミントンは恐れ戦く。
日本の水泳が十六年ぶりに金メダルを獲得したのは一九七二年のミュンヘン五輪だった。優勝した田口信教さん、青木まゆみさんともにスイミングクラブ育ちだったのに、いまだにバドミントンはこの体たらくである。バドミントンも近くそうなる。町のクラブをつくるしかないからいっておく。
それにつけても私たちが期待していた第二十二回ユーバー杯(二〇〇八年五月十一~十八日・ジャカルタ)は全敗である。世界で勝つのに町のクラブをつくらないで勝つなんていったって、そんなことできるものではない。ただ浅墓なだけである。
勝つどころかバドミントンの前途を危うくしてその自覚がない。三十数年前からいってきたことで、いっそ日本バドミントン協会が町のクラブでやると打ち出してはどうか。
ユーバー杯は惨敗で騒がれたが、遊びでバドミントンは滅びないが、教育では滅びる。これこそ「バドミントンのもう一つの敗北」だと私はいっている。町のクラブをつくるしかないから一考を勧めたい。
(*二〇〇八年五月十八日記)

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2008年5月14日 (水)

西螺の休日

西螺(シールオ)に行った。モーニングカップ国際バドミントン大会(台北体育館・二〇〇八年三月二十一~二十三日))の終わった翌日だからちょっと辛い。全國中等學校運動會羽球資格賽が開催されると聞いたからである。場所は雲林縣立西螺國民中學羽球館(國民中學)、雲林縣立羽球館(羽球館)である。白宜潔さんの競技を見る目的があった。彼女はモーニングカップで日本人の世話役をしてくれる謝恵麗さんの娘さん。
長身の十七歳である。台湾の星、基本練習は昨年見たのである。今回は試合を見てみたい。といっても西螺はどこ。台北の二百二十キロ南といわれても見当がつかないし。
台中の南の彰化のもっと南と聞いても分からない。ちょっと心配になる。それなら行ってみるまで。路程は①王朝大酒店~台北駅②國光客運巴士西站~西螺③西螺站~羽球館。早朝、台北から高雄行きの国光号に乗ったのである。約3時間のバスの中は中国語の世界だった。西螺站からは羽球館へ行くという高校生と一緒になる。羽球館の前に行ったら知人の呉文達さんの銅像があった。本部席に行って謝さんを尋ねたら國民中學の方だった。事務所で道を尋ねていたら白さんが駆けつけてきた。一年ぶりの再会を喜んだ。
國民中學へは、若いあんちゃんがオートバイに乗せてくれる。街を、ヘルメットもつけないで疾走した。國民中学に行ったら顔見知りの男性が声をかけてきた。試合を見ていたら林瞳露さんが審判をしていた。林さんはモーニングカップで混合複のペアを組んだ温秋琴さんの娘さん、世間は狭いことを実感する。
役員席に行ったら大歓迎で、精進弁当、枇杷、お菓子、珈琲とつぎつぎと出て温かい。みなよくここまでこられましたねといってびっくりしていた。謝さんに、よかったらもう一週間ほど残っていかれませんかと勧められる。帰りは西螺站まで古い街並みを眺めながら歩く。肝心の全國中等學校運動會羽球資格賽は、日本の高校生、中学生と同水準といったところ。西螺は醤油の産地である。20分ほど歩いたら西螺站に着いた。
西螺站からは高鉄の鳥日駅までバスが出ている。そう聞いていたら、そんな駅もバスもなかった。それなら、きたときの逆に帰ればいい。台北行きのバスに乗りたいといったら窓口の女的が困った顔をしている、どうも乗れないといっているようなので押し問答するうち、みななんだなんだといって集まってきた。
英語の話せる小姐の説明によれば今日のバスはすべて満席らしい。まずい。どうしても台北まで帰らなければならない、懸命に訴えたのである。そうしたら席を空けてくれたから、ありがたいだろう。時間があったので中山路をぶらぶらしていたら一つ前のバスに乗れという。ところが今度は購入した切符がない。また一騒ぎである。
出てきた切符は台北西站の窓口で払い戻しをしてくれると聞いていたが、これまた言葉が通じなかった。運転手さんがきてくれて、三百二十元が戻ってきた。私は何度も謝謝といって固く手を握った。それにしても声が大きいというのは、得である。みなすぐ集まってきて、なんだなんだといって、助けてくれる。
けれどもこんなの自慢にならないのである。台北駅の地下から南京東路までMRTに乗ろうとしたら、切符がカード式からコイン式に変わっていた。これは切符なのかと地元の人に尋ねる。台湾に親切な人多し、だれかうまい文章で書いてくれないか。書けばみな台湾が好きになるだろう。
(*二〇〇八年五月十四日記)

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2008年5月 7日 (水)

うまくなったねという

娯楽志向のバドミントンクラブに行ったときにはどうすればいいか、褒めるよりほかないと長年私は褒めちぎっているが、そればかりではいけないだろうからここですこしいうことにする。ただ褒めるときはコートの中ですぐいう。下手でもエリカうまくなったねと回りに聞こえるようにいう。
たとえば私がエリカと複のペアを組んだときだ。そのエリカときたら、うまくなったねといって褒めると、その喜ぶことひとかたではない。ただし、もうちょっとネット前ができるようになるといいのだけれど、とつけ加える。
褒めるといいのではあるが、褒めてばかりいると、まさかとは思うがエリカは増長するかもしれない。だから、もちょっとネット前ができるようになるといいのだけれどとつけ加えるのだ。まず最初にエリカうまくなったねと褒めて、有頂天にさせ、そしてもちょっとネット前をというと、一生懸命に聞いてくれるから私はにっこりする。
これがたとえば最初に、おまえはネット前が下手だ、というと駄目なのである。エリカがべつにといってふて腐れるのはそのせいである。日本のバドミントン指導者でもっとも欠けているのはこの姿勢であること、褒めることだ。選手のやることを肯定したらなんでも聞いてくれる。いま悪いのは最初に否定するそのせいである。
私はエリカに、エリカうまくなったねといって褒めるが、このごろ見られるようになったのは、長くやっておればだれでもそれなりにうまくなるからだった。さりとて市町村民体育祭以上の水準にはならないだろう。エリカたちの複は終始サイド・バイ・サイドで困っているが、四人で半面単をしていて、トップ・アンド・バックになることがないと、私は笑っている。
じつをいうと私はそれをいうことを控えている。
(*二〇〇八年五月七日記)

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2008年4月16日 (水)

健身語録の三十(16)

■バドミントンは見るのも面白いが、するのはもっと面白い。
■暴力をふるわなくても指導はできる。
■バドミントンと恋愛は惚れた方が負け。
■みなやる気、意欲はもっているが、中途半端なものでは成功しない。
■練習で追い込み過ぎるな、試合前に息切れする。
■浮き沈みを知らない選手はいない。
■自分のうえにいるのが虎だったら諦めるけど、みな普通の人間。
■モーツアルトをいちども聴いたことがなく死ぬ人がいたら可哀想だ、バドミントンの面白さを知らずに死ぬ人も気の毒だ。
■選手は強くなりたいと思わないと絶対強くなれない。
■バドミントンの極意は剣の極意、心をどこにも置くな。
■抵抗なくつぎの動きに移れるのは柳の木状態。
■試合はいかに相手のよさを消すか。
■介護とバドミントンは逃げるより攻めろ。
■思い出に残る試合はすべての負けた試合。
■負けて覚えるのは悔しさだけ、勝ってはじめてやっていける。
■ビタミンBが足りないのが脳足りん。
■バドミントンはコートの中の宗教戦争。
■打てるものなら打ってみろ。
■私、バドミントンに好かれたい。
■練習をしなくては試合の前に負けてしまう。
■バドミントンにこうすれば勝てるという定理はない。
■スポーツでいちばん大事なのはクラブハウスで語り合う習慣。
■バドミントンはネットのうえにある勝利の取り合い。
■自分にいちばん期待しているのは自分。
■選手が強くなるのは化学反応みたいなもの。
■敗北はあなたはその程度ですかと神様がいってくれたようなもの、相手と負けに感謝しなくちゃ。
■ときはみなに同じだけある、それをどう使うか。
■ちっちゃな成功体験、ちっちゃな自信、それを重ねて心臓に毛が生える。
■ラケットと大切なものはそっともて。
■犬と人間は煽てて伸ばせ。
(*二〇〇八年四月十六日記)

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2008年4月 9日 (水)

みなさんチベット弾圧に抗議しましょう 

中国のチベット弾圧問題で欧州では北京五輪開会式への首脳不参加の動きに火がついたという。わが国はどうするか、首相は声高に非難し五輪と関連させることがいまの段階で適当かどうかよく考えなければいけないといっているから、抗議することを勧める。
日中両国の間で、皇太子殿下の開会式への出席が検討されているのは、悪い冗談としか思えない。親中派の首相だが、どうしても開会式に行きたいらしい。問題は八月八日まで首相でいられるかどうかだった。英王室のチャールズさんは出席しないと発言して、日本の皇室からもだれもこないとなると中国の面子は丸潰れではないか。首相は政権浮上のために、日中友好を演出しようとしている。
とはいえ中国のチベット弾圧。チベット住民の人権に目を瞑ってはならないのである。もし皇太子殿下が出席したらそれは世界に恥をさらすことになる。出席は、日本の将来におおきな禍根を残すことになるのではないか。毅然と要請を断るべきである。首相が中国に偏するあまりその圧制下で苦しむ民族に他人事のような視線しか向けられないのは情けないことです。
ロンドンでは在英チベット人らが聖火リレーに抗議行動を起こした。聖火を消そうとしたりトーチを奪い取ろうとしたから、走者は聖火警備隊に二重三重に囲まれてリレーを続ける事態になったのである。
パリではといったら、中国政府を非難する人権団体などによる抗議が相次いだのである。道路に横たわって抗議する団体があったという、警官隊が聖火を避難用バスに退避させるなど、途中で打ち切りになった。
このうえは各地で抗議の声が続くと思うよりほかない。これほど心を塞ぐ聖火リレーはない。三月、ギリシアで行われた採火式ではといったら、国境なき記者団の顔触れが乱入したのである。サンフランシスコやニューデリーでは市民から隔離リレーされたから、聖火は成果がないとでもいうしかないだろう。
北京五輪は中国共産党の祭典だろう。日本の首相がチベット問題についてなにもいわないようでは駄目だろう。それをいうのがお友達である。中国政府が武力弾圧を称して、暴動はダライ・ラマさんの策動と決めつけるのは勝手だが、中国政府諸君、あれも君たちのせいですぞ。
(*二〇〇八年四月九日記)

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2008年4月 3日 (木)

ちかごろバドミントン界の眺め 

二〇〇八年二月十日のことです。私は日本バドミントン協会のホームページを、なんとなく眺めていました。二〇一二年から国民体育大会、日本スポーツマスターズ、全国スポーツレクレーション祭の監督は日本体育協会(日体協)が定める公認スポーツ指導者でなければならないと決定しましたとあったのである。
多くの人たちのように私もこれを読んで、そうなのかとぼんやり理解した。それは他の大会もそうなのかと思ったら、そうではないことが分かった。文部科学省と日体協が主催する大会だけ資格がいるというなら、それは変な話になる。
プロ野球は監督になるに当たって、なにも資格はいらないのである。元選手がなっているから、それで支障がなくて、見るにつけ、プロ野球は日本スポーツの王様だった。
こうなると資格とはなにかで、選手としての経験も一つの資格だった。それは十分の一は役に立った。厳密にいえば九の勉強がいる。資格は足の裏の米粒のようなものだ。取らないと気持が悪い。小中学校の運動部の監督は教員で、スポーツとはなんの関係もないと知人は笑う。ミャンマーの大統領資格はおかしかった。軍事知識だという。
もう一つ、中国オープンバドミントン選手権大会(二〇〇七年十一月)の審判団は酷かった。中国選手に有利に判定した。覚悟の誤審で、これでは相手に気の毒だし、選手と同一国籍の審判は試合に関われなくするしかないが、男子複では韓国選手が怒って途中で試合を拒否したから、それは大会始まって以来の珍事で、もう、疑惑の判定はハンドボールばかりではないのである。
韓国オープン(二〇〇八年一月)のことになります。世界バドミントン連盟は審判の身贔屓を、調査することになりました。男子単決勝のイ・ヒュン・イルさん(韓国)対林丹さん(中国)の対戦で意図的な誤審が繰り返されたのです。
これは明らかなお返しだ、身贔屓で不公平で、これではバドミントンがプロレスみたいになってしまうと、林丹さんが大荒れしたから私はざっとこんな風に思っている。けれども稀には敵地で戦うことはそういうことだという話もある。
(*二〇〇八年四月三日記)

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2008年3月27日 (木)

元中国選手が仇になる

いくら卓球の世界選手権団体戦(二〇〇八年二月・広州)で日本男子が三位になったからといって喜んでばかりはいられない。準決勝の韓国戦を見てみたまえ。三人のうち二人は中国から国籍を移した選手だったと、知人はいっている。
知人は拘る。日本男子の八年ぶりのメダルは喜ばしいが、元中国選手あってのことだから心から喜んでいいのかどうか分からない。元中国選手頼りではいけないに決まっている。さりとてほかに方法はない。だから、国際卓球連盟(ITTF)が国籍を移して国際大会に出場する選手に関する制限を決めたと聞くとぎくりとする。
ITTFは十五歳未満で国籍を移した場合は三年、十五歳以上十八歳未満は五年、十八歳以上二十一歳未満は七年、世界選手権などITTFが管轄する大会に出場できないと決めている。二十一歳以上は完全に出場を認めない。この規則は五輪、国内大会には適用されないからご安心。
なぜこんなことになるのかと思っていたら理由があるのである。卓球の世界選手権は中国人選手ばかりになっているが、その話を聞いたら、なるほどと思ったのである。
いまのままでは中国人のための世界選手権、異常事態だと考えてくれ。競技の未来を危ぶむ声も出ているが。こうした不安が囁かれている。いま各国の代表は中国から国籍を変更した選手ばかりで、目立って仕方がない。とくに女子は世界順位上位十人のうち中国人は五人、中国から国籍を変更した選手が四人になります。中国人ではない選手はというと、九位の福原愛さんのみになります。彼女は中国勢の一員という話もあります。女子団体二位のシンガポールも三位の香港も中国人選手が主力になっている。
韓国も米国やオーストリアやオランダなども中国出身選手が名前を連ねているのである。スポーツには国籍も、国境もない。あるのは実力だけ、それでいい。なにも問わない。ただここまで世界の上位が一国の出身選手で占められるとです。
これでは人気が低下しかねないが、五輪から外される恐れもある。これは卓球の話だが、やがてバドミントンでもこういった話が出てくるかもしれない。
(*二〇〇八年三月二十七日記)

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2008年3月19日 (水)

健身です(その十八)

●健身です。バドミントンはシャトルを叩くより、鵞鳥を直接叩いた方が強くなるような気がします。
●健身です。バドミントンが好きな知人は賞罰にバツイチと書く律儀者です。
●健身です。試合前の相手の練習を見て負けた気分になることがあります。
●健身です。キム・ヨナさんが韓国民の妹なら、おれの妹でもいいんじゃないですか。
●健身です。このたび嘘つきクラブの会長になりました。バドミントンのとき本当のことをいうためにいつも嘘ばかりつくです。
●健身です。バドミントン界であの人はいい人といわれたら、どうでもいい人だから気をつけないといけません。
●健身です。おれはもてるという選手がいて、みな持て余しています。
●健身です。ラケットは黒色の方が強く見えるような気がします。
●健身です。鬱病で死にたいという元バドミントン選手がいます。鬱病はかならず治るから治ってから死ねといって励ましとるとです。
●健身です。亀田大毅さんはレスリングの方が向いているような気がします。
●健身です。私が手術をしてもだれも心配しません。再起不能といわれてもあの人はだいじょうぶというとです。心配ぐらいしてほしかとです。
●健身です。バドミントンをやめるほどの勇気がありません。
●健身です。練習後、男根と睾丸がちいさくなっています。
●健身です。一目惚れと聞いただけで、米ではなくバドミントンといってしまいます。
●健身です。口撃バドミントンのおじさんがいます。
●健身です。おれが走る河川敷であんまりくっつかないでください高校生の男女。
●健身です。試合時間が近付いているのに大便が出んとです。
●健身です。一ゲームが終わっておれが負けているのだから、相手に助言なんかしないでください。
●健身です。試合のとき嘗めているのは禁止薬物ではなくただの岩塩です。
●健身です。試合のときいつも運動服を七、八枚用意します。一枚しかいらないときがあるとです。
●健身です。スポーツのマッサージなのに、いゃーん、ばかーん、そこ、そこなのよといってしまいます。
●健身です。私の友達の友達はバドミントン選手なんですよね。アルカイダではありません。
●健身です。三段跳びをして、ホップ、ステップ、肉離れだったとです。
●健身です。サッカー日本代表の岡田武史監督を見ると、ロダンの「考える人」に見えることがあります。
(*二〇〇八年三月十九日記)

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2008年3月13日 (木)

林檎と珈琲は仲間である 

林檎に私が興味をもったのは、林檎から抽出されるポリフェノールには筋力を増強して内臓の脂肪を減らす効果があると聞いたからである。赤ワインや黒豆などに含まれるポリフェノールは老化や癌の要因とされる活性酸素を除去する働きがあった。すなわち体脂肪率抑制が必要なスポーツ選手に効果が。
また最近は珈琲には減量や癌の予防に効果ありという研究がたくさん発表されていた。珈琲には健康力が隠されているのである。飲んでいるとき、そんなことは考えたことはなかった。朝飲むと目が覚めてしゃきっとするが、茶素が自律神経を刺激するので、血行がよくなるのである。
代謝が活発になった。脂肪の燃焼が促進されたが、米国での研究によると茶素摂取量の多い人は体重の増加があまりなく、珈琲が糖尿病や癌の予防に繋がるという研究が数多くなされていま大騒ぎである。
多く飲んだ人の方が糖尿病の発症率が低いから、ポリフェノールが血糖値の上昇を抑えるのだろう。珈琲の摂取量が多い人ほど癌になる危険性が低いとする研究結果も発表されている。癌は脂質が酸化してできることはいうまでもない。過酸化脂質が発生原因の一つとされている。
ポリフェノールには抗酸化作用があったが、癌予防に繋がって、珈琲は胃腸の働きをよくし、便秘を解消をした。
珈琲は運動前に飲むと運動能力が高まると聞いたことがある。私はその実感がなく飲んでいる。案に相違して、なにも考えずに飲むのがいいのだった。くつろいで飲むのがいいのだろう。
もっともいい面があるからといってそればかり飲むのは考えものだった。なんでもほどほどなのはいっておく。珈琲にも負の面があるが。毎日飲むと自律神経系の反応低下に繋がるという。それでいて私たちはまったくその実感がない。
十七、八世紀ごろ欧州の話は面白い。珈琲を過度に摂取すると肉欲が根絶やしにされるという話は本当かと声が出ない。ばかりか珈琲には毒があるといわせた大王もいた。不妊の原因となるとされて禁止された時代もあった。
フランスでは珈琲が心身に悪いという風説があった。ために牛乳をよく混ぜ合わせて珈琲の毒性を相殺しようとしたのである。いま私たちがカフェ・オレを飲めるのはそのせいで、あんなもの混ぜてもなんの関係もない。ほんとはなんの効果もないことみなが知っていたとすれば、珈琲は千の接吻より甘かったのではないかと思われる。
(*二〇〇八年三月十三日記)

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2008年3月 6日 (木)

オーストリアからのメール(15)

◆二〇〇七年(平成十九年)十一月二十九日
全日本シニア大会お疲れ様でした。十二月十一日のウィーン西駅からフェルトキルヒまでの時刻を調べたところ、ウィーン九時四十分発、フェルトキルヒ到着十六時四十分で確認しました。しっかり暖かいコートを着ていらっしゃることをお勧めします。
先週月曜日久しぶり練習に行きました。バド暦十年のルドルフ、四十歳の男性なんですが、去年の暮れあたりから右手に激痛が走りラケットがもてなくなってしまいました。お医者さんも神経を痛めているとかいったらしいのですが、諦め切れなかった彼は四月から左手で始めました。みなからそこまでするかといわれながらも練習を始めた彼、一か月ほど会わなかった私は彼の進歩にびっくりしました。
彼自身、右手以外は問題ないからここでやめるのはもったいないじゃない、試してみるのも悪くないよ、と人間やはり前向きであるべきだと考えさせられました。
◆二〇〇七年(平成十九年)十二月四日
今日の夜出発なんですね。ウィーンの田中雅彦さんによろしくお伝えください。
◆二〇〇七年(平成十九年)十二月二十日
オーストリアの旅お疲れ様でした。チェチェン人とのどんちゃん騒ぎありましたね。芦原コーチが帰国されてからずっと最低気温はマイナス8度の世界です。九時からニコちゃんの学級のお母さん仲間の家でのシャンペン朝食に招待されているのですが、いまマイナス9度で、歩いて彼女の家まで行かないとと思うだけで震えが。
十七日は毎年恒例のクリスマスマッチでした。子供から大人まで競技力も混合、性別を問わない混合複。私としては子どもちゃんと組むのが大好きです。
◆二〇〇八年(平成二十年)一月二十二日
今週誕生日を迎えられたんですね。おめでとうございます。バドミントンは十代後半から始めたとかおっしゃってましたよね。ということは四十年以上バドミントンが芦原コーチの人生の地軸となっていると計算していたところです。
私は二週間前の混合複の試合途中、右足の脹ら脛を痛めてしまいしばらくバドミントンができない状態となりました。昨日恐る恐る練習に参加して試してみたのですが完治していなかったらしくまた振り出しに戻ってしまいました。
情けないと思っていたところへドリス(理事長)が自分の後釜にしようとしているノーベルトが封筒をくれ、中を開けてみたところ私とHebiへの誕生日の招待状で「二十年、二十年」と記してありました。彼は二十歳まで生まれ故郷のチロルで、後の二十年をここフォアアールベルグで過ごしたため「二十年、二十年」と表題されていたわけです。評言に、きてくれる方は、僕に贈り物をもってこないでください。みながきてくれるだけで本当に僕は嬉しい。もし、それでもなにかもってこないと気がすまないという人は、僕の愛するフェルトキルヒバドミントンクラブ用の募金箱を用意しておきますのでその中にあなた方の私に対する気持を入れてください。僕に贈り物をしてくれても僕のお腹が成長するだけですが、クラブは資金があることで技術も体制も成長できますと。
ノーベルトは本当にやってくれるなと思いました。いつもみなを笑わせようと企んでいる着想の豊かな人でもあります。Hebiさんと一緒に出席します。それではまた。みはる
(*二〇〇八年三月六日記)

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2008年2月28日 (木)

手本は卓球にある 

学校名、企業名など日本のバドミントン大会で見る選手の背面は後援者名ばかりである。みな選手の氏名が知りたいのに、頑として後援者名を出すのはどういうつもりだろう。そんな国がほかにあるだろうか。あるとすればそれは、スポーツが個人のものになっていない国だと私はいっている。
海外ではこういった光景はほとんど見られないという。それはいま始まったことではない。スポーツが生まれた昔からそうである。
氏名表示はいうまでもない。選手の氏名を知らない観客は山ほどいる。それを見て氏名表示をしないと分からないといっても、承知しない。ちなみに、氏名表示はあらゆるスポーツで世界の流れだという。
毎年日本で開かれるジャパンオープン・バドミントン選手権大会を見ると、林丹さん(中国)、タウフィック・ヒダヤットさん(インドネシア)、リー・チョンウェイさん(マレーシア)以下十数名までは分かっても後は分からない。選手は世界各国からきているが、全員分かる人は一人もいない。運動服の背面に氏名表示がなくては分からない、ましてや一般の観客はという。
日本のバドミントンが氏名表示をしないのは、これを使いこなす才能と教養がないからである。卓球を見るがいい。そこには観客にやさしい選手の氏名がある。背面に表示されている。すぐ分かるようにしてある。
バドミントンは氏名表示をしなければ分からないのに、それをしないのはその発想がないからである。卓球を見れば彼らの感覚がいかに普通か分かるだろう。はやく真似することである。
(*二〇〇八年二月二十八日記)

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2008年2月21日 (木)

中東の笛 

ハンドボールの北京五輪アジア予選再試合(二〇〇八年一月・東京)はというと、凄く盛りあがったという。ハンドボールはアジア予選(二〇〇七年八、九月・豊田市)で不公平な判定が相次いだ。なぜ公平にできない。
ヨルダンやイランの審判がクウェートの王族の意向を受けて、中東寄りの笛を吹いたからである。彼らといったら、平気でそういったことをする。笛は中立国の審判が吹かなければならないのに、アジアハンドボール連盟(AHF)は聞き入れなかった。
そうなのは、クウェートの王族がAHFを支配しているからである。
AHFは二〇〇八年一月五日、再試合を拒否することを決めている。その常任理事会というのがおかしかった。常任理事会はというと、アハマド・ソバハ会長の母国であるクウェートの代表が六人のうち三人を占めていた。
六人のうち三人とはなにか。これからして公平ではない。これでは会議にならない。ただの儀式である。クウェートの王族はこうして会議を支配しようとする。財政基盤が弱い他国の幹部を接待し、役員選挙で票を集めるというのであるか。中東の国が負けそうだと会長が降りてきて審判を替えたりした。思い通りにならなかったら、今度は難癖をつける。ある大会では審判が大会関係者に軟禁されて試合が2時間半も中断したことがあったという。
こうしたことはハンドボールをつまらなくするだけである。その考えぶりは日本人とは違う。ハンドボールを玩具にしている。石油の力で押さえつけたいのだろう。
日本人にとって中東の笛は疑惑だがクウェートの王族にはそうではない。その証拠にAHFは再試合を行う国や参加国は加盟資格を停止するといったが、カタール、アラブ首長国連邦、カザフスタンは恐れおののく。恐れる意味と内容が違うのだった。脅しをかけたから再試合は日本と韓国だけになった。
中東の笛はずっと以前からあったのである。十年前も十五年前もそうで、問題になっていた。みな困っていた。ハンドボールがクウェートの王族に頼らなければならなくなったのは、彼らがお金をもっていたからである。国際ハンドボール連盟(IHF)の中で、AHFの影響力は大きいのだった。いわば自業自得である。
ついこの間まで日本のハンドボールは話題にもならなかった。二流スポーツだった。日本ハンドボールリーグの観客数は一試合平均七百人だ、それが思わぬ形で脚光を浴びたのだった。中東の笛に乗じてわが国のハンドボールは神風が吹いたのに、男子アジア選手権(二〇〇八年二月・イスファハン)で過去最低の七位なのはどういう力か。この機会を逃したら、もう、永久に一流スポーツにはならないぞ。
(*二〇〇八年二月二十一日記)

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2008年2月14日 (木)

単は嫌だはだれのせい 

「単は嫌だはだれのせい」といってラケット店の店長が笑っている。といっても信じまいが小学生で、単をするのは嫌だという子がいるのである。単はきついので、複の方がいいといっている。
そんな子どもがいるのかと怪しむだろうがいるのである。小学生にいるのである。冗談ではないかと思っている。この子は六年生だ。公認スポーツ指導者(指導者)が指導している。日ごろどんな指導をしているかだった。指導とは、よりよくする約束である。
またバドミントンの指導者が子どもたちになぜできないんだということ、自分にいうことに似ている。これはみずから指導法が分かっていないからそうなる。「天に向かって唾を吐く」と分かっていても、いわないでおられなくなる。これは自分が分かっていないから、いくらいっても無駄なのである。こんな指導はありがたくもなければためにもならない。虎よりも恐い。それでも子どもたちははいはいとしかいわないのだから指導者の良心は痛まない。
以上はかならずしも昔話ではない。いまもそうであるが、はいはいというようになっているから手がつけられない。間違った練習は反復されることによってより下手になると私はいう。野球の野茂英雄やイチローさんは投げ方や打ち方を直せといわれたので苦労した。その答えは直さなかったのが正解。
自分のことは棚にあげていえば指導者の指示通りにしか動かない選手は、まず指導者どまりで終わりだと私はいう。そんな選手は幼稚園児だった。世の中には一割現象というのがあった。すべての組織はつねに一割の落伍者を生んでいる。この一割現象はバドミントンの指導者もで、一割はすぐ首だといわれている。
お話し変わって私はテレビのつまらなさを嘆くが、お笑い番組を見てもらいたい。出演者ばかりが楽しんでいる。また大騒ぎしている。芸人がいなくなったのである。
いま出演者ばかりが楽しんでいても、それは白けるばかりである。見る側を粗末にするテレビが面白いわけがないと私はいっている。じつにおかしかったが、これは番組が面白いという意味ではまったくなかった。ことに番組担当者の頭がおかしかった。芸能人は日本人でありながら、正しい日本語を話せないでいる。この人たちの話している言葉は正しい日本語ではありませんと字幕に流せと私はいっている。
(*二〇〇八年二月十四日記)

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2008年2月 7日 (木)

弁当宅配すべし北京五輪 

かつて中国は粗悪なシャトルを日本に送って物議を醸した。最初はいい。安くて強いと好評だったのである。
このことは、何度もいった。その後がよくない。酷い。シャトルがぶれてまったく打つことができない。最初のころはよかったといっても、もう、そんなシャトルはこない。
これが彼らの商売なのである。打てないなら送り返すよりほかない。こうしたことは昔からあったのである。黙っているとろくなことはないのである。
こうしてそのシャトルは消えたのだった。いいシャトルだといっているうちに、粗悪なものを送ってくるようになり、打てなくては、さすがの私たちも使えないといわざるのやむなきに至ったのである。
最近もバドミントンの靴でそんなことがあったのである。靴の寸法には二十五センチ、二十五.五センチ、二十六センチとあった。とうぜん靴底のゴムの長さは二十五、二十五.五、二十六と思うのは、我々ばかりと知ったからである。
いや待て二十五も二十五.五も二十六も靴底のゴムは二十六だったというが、あれはまさかと思うのである。二十五の靴に二十六の靴底をつければどうなるか考えてもらいたい。靴底が反ることはいうまでもない。聞いたら吹き出す話だろう。
いま中国製の冷凍餃子に農薬が入っていたと騒がれている。中国で混入したことは明らかだといわれている。それなのに中国がちっとも謝らないのは、真相より国益を優先する国だからである。胡錦濤さんに中国製の冷凍餃子を食べさせるのである。恐れることはないのである。
ただびっくりするのは、日本の首相が食の安全より相手に諂っていることで、今後なにが起こるか想像もつかない。その方が不気味である。私はいま北京五輪の日本バドミントン選手団に熊本から弁当を宅配しようか考えているところである。
(*二〇〇八年二月七日記)

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2008年2月 1日 (金)

健身語録の三十(15)

■昨日やった練習は正しかった。もう、今日は通用しない。
■これからのバドミントンは倭僑、日本に頼るな。
■物をいうのはどれだけ自分を追い込み、様々な誘惑を断ち切ってきたか。
■表彰状が目的じゃない、優勝に至る過程が大事。
■前向きな心もまた選手の武器の一つだ。
■優勝のときより手術で病院のベッドのうえのときの方が貴重な体験。
■試合は笑った瞬間、窮地を抜け出すことができる。
■体力と技術は硬貨の裏表。
■故障は最良のソース。
■夢の大きさに苦しさは反比例する。
■百回の練習より一回の試合。
■指導者は跪いて生きるより、立ち上がって死んだ方がまし。
■体にやさしいバドミントンはすくなくても、心にやさしいバドミントンはすくなくない。
■好きでがんばればあらゆる可能性は開けている。
■選手はスポーツ界の物言い。
■試合で負けてもいい、けれどもやるべきことをやらない弱さには負けたくない。
■どんな選手でも順調なバドミントン人生などない。
■いまがんばらなければつぎはない。
■足腰こそ選手の命。
■試合中に反省するのがいちばんいけない、実力の半分も出せない。
■もっとも辛い練習をしているとき疲れを感じない、心も軽やかとなる。
■いつももっとできた、私の頭の中では。
■夢は逃げない、自分が夢から逃げているだけ。
■基本が荒れると試合も荒れる。
■選手の年齢は自分でつくるもの。
■バドミントンはダイアモンド。
■試合は二位を取りにきているわけではない。
■ラケットには創造がある、シャトルには自由がある、コートには人生がある。
■選手は悪い時期こそ成長できる。
■出る杭は伸ばせ。

(*二〇〇七年十二月二十七日記)

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2008年1月18日 (金)

登録を個人登録に 

何年か前のことで、早稲田大学(早大)野球部に三か月間在籍したことのある選手が東京大学(東大)に合格した。野球部に入部、東京六大学野球連盟(連盟)に部員登録を申請したが、連盟校に一度でも登録したことのある者は別の連盟校に登録することはできないとして認められなかった。東大側は二重登録を禁止した条項であり、過去の経歴は関係ないはずだと再考を求めたのである。けれども規則の壁は厚かったのである。
この学生はAさん。もともと東大志望だったという。けれども二年続けて受験に失敗。そこで早大に入学、野球部に入っている。それが六月、東大を受け直すことを決意し大学を退学している。
翌春、東大に合格したのだという。むろん引き抜きなんかではないのである。連盟は、選手の引き抜きを防ぐために過去の経歴も登録に含めて解釈してきたのだという。
この決定に疑問の声が挙がっているが、Aさんは野球がしたい。なのにできない。
引き抜きではないのだから、ずっとそれに縛られるのはおかしい。納得できない。変である、悪い規則である。スポーツは個人のものなのに、なぜこういったことになってしまうのか。考えてみれば日本のスポーツは企業や学校のものになっていて、ために選手は簡単にチームを替わることができないのである。
この点スポーツ先進国の個人登録制度というものはよくできている。選手がより自分に適したクラブを探し移籍していくことができるのである。これを許したのは、スポーツ先進国の知恵というよりほかない。選手は活躍の場を与えられるが、種目を変える場合も同様だった。
その種目が同じクラブになければ移籍することになるのである。移籍してもうまくいかなければふたたび元のクラブに戻ってきた。この制度はいい、日本はひとたびチーム登録にしたものを個人登録にすることは簡単にはできない。
けれどもチーム登録は多くの問題を生んでいる。私が知りたかったのはAさんがその後どうなったかということで、野球ができるようになったと聞いてすこし満足した。

(*二〇〇八年一月三日記)

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2007年12月22日 (土)

本当は低水準が好きなのだ 

いま日本バドミントンリーグ二〇〇七(日本リーグ)が行われているから、気付いたことをいっておきたい。
日本リーグは二複一単で行われていた。なぜ二複一単にしたか。トマス杯・ユーバー杯は二複三単だった。スディルマンカップは三複(男子、女子、混合)二単(男子、女子)だった。どちらかに合わせるべきだろうと考えられる。
どうして二複三単にしないのかと聞いたら、人件費の問題だといわれた。二複一単でやれば強くなるか。
二複一単はだれもまずいことに気がつかない。関係者が日本リーグは強化に繋がっていないといったのはこのことで、せっかくなら強化に繋がるようにすればればよかった。
それにもかかわらず外国人は複に一人と制限する。外国人は単に出場できなくて、単の選手が複をすることもあるという。およそこの規則ほどばかなものはない。タフィック・ヒダヤットさん(インドネシア)に複をさせてどうする。彼が複の選手ならいいが、むろんそうではない。しかも外国人が単に出場すると日本選手は勝てないというのである。
したがって、今後とも外国人は単に出場できないから単の水準はいよいよあがらない。また日本リーグは混合複がないが、ないからいつまでも軽視する。
二〇〇七年十二月、私はオーストリアのウィーンでブンデスリーガの試合を見る機会を得た。ドイツやオーストリアのブンデスリーガが男女共同の八試合(男子複二、男子単三、女子複一、女子単一、混合複一)で二回(敵地、本拠地)戦うことはご存じかもしれない。
以上、チームの半数が外国人だとすれば、これまでもこれからも日本リーグが外国人枠をつくって制限するのはとんだ見当違いだった。みな本当は低水準が好きなのかもしれない。
むしろ日本リーグは日本人枠をつくることだし、日本人の出場は三人以上と義務づけてほかは問わないことだ。外国人枠の撤廃こそ強化に繋がるものである。
ところで、最近欧州でプロになりたい日本人が多いという。考えが甘いのである。まず力だが、全日本総合バドミントン選手権大会で四強以上の力がなければ通用しない。日本人は安易に考えて、簡単にお金が稼げると考えている。
チェコやスロバキアの選手はウィーンのチームと年間約六十万円ぐらいで契約している。これでは、日本人は金銭面でも無理だと、私ははっきりまたはぼんやり知っているからである。
日本で通用しないなら海外でも通用しないと思え。ただし、海外に挑戦する気持は買うのである。プロで生活する環境がいまじょじょに現れつつある。
日本リーグが世界に通用するか、孤立しないか、それから先のことは私にはいえないからみなに聞きたい。日本バドミントン協会様、いや、聞いても仕方がなかった、皆様。
(*二〇〇七年十二月二十一日記)

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2007年12月16日 (日)

偽装

客を騙すのが商売のやり口で、食品の消費期限の偽装が話題になっている。船場吉兆は臨時雇用の女性たちがやったことだといっている。じつは取締役みずから指示している。要するに会社ぐるみであって、不二家、白い恋人、赤福、ミートホープ、雪印乳業、比内鶏、再生紙、新幹線駅弁、高級素麺、飛騨牛、鰻などもそうだが、我々人間すべてがやっていることだった。
ところで、バドミントンという競技はすべて偽装だった。けしてまともに打たなかった。ショートサービスかと思うとドリブンサービスがくる、クリアーがくるかと思うと、ドロップがきて、それは素直ではない、つぎはドロップですよといってドロップをする者はいないだろう、ドロップかと思ったらクリアーがくるので、ははあ偽装だな、私はそういっている、私も偽装の使い手なのだと、むろんいいはしないが思った。
いかにもそのとおりで、バドミントンの全部が偽装だった。あれは左を向いて右にやるなどなかなかできるものではない。
それがバドミントンだった。いかにも偽装である。バドミントンをすると性格が悪くなると思うならそう思うよりほかない。そして私はこの何十年間、人がいいので強くなれないといって笑いを誘っているつもりなのである。
驚いたことにいちばん偽装しているのが女性なのである。我々人間は老化に抵抗するのである。老化は避けられないから、若返らないのにこれに対して勇敢に挑戦するのである。
女性が挑戦するのは何百年も前からそうで、化粧しなかったことがないのである。だから、様々な美容方法が開発されるのである。十歳程度の偽装はごく日常、消費期限を大幅に延長しているだろ。巧みな化粧や衣装で賞味期限を延ばしているだろ。
これはなんといっても偽装である。胸元に生年月日を記したらいいがみなが反対するからできない。食品の消費期限の偽装といっても当たり前なのである。
(*二〇〇七年十一月三日記)

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2007年12月 4日 (火)

一区は日本人次第

あるプロゴルフ選手がバレーボールやバスケットボールは先がないスポーツと発言して、批判を浴びたと聞いた。プロがないスポーツでよくやる気になるなといったというのだった。
あれはまったくそのとおりでバドミントンだってそうだった。プロがないにもかかわらずがんばるのは凄いことであって、立派なことだった。ゆえに、国内のバドミントン大会が賞金化されればもっとがんばるのにと思った。
ところで、高校駅伝で外国人留学生(留学生)は一区禁止と決めたのはいただけない。あれは、恥ずべきことであり差別である。国籍も肌の色もない。これがスポーツの道徳だった。全国高等学校体育連盟(高体連)はケニアの走者は速過ぎるといっている。確かに速いが、これは食事(植物性糖質、植物性蛋白質、牛乳)、高地、筋肉、練習量、貧困、乳酸量、体型などではなかった。膝から下の体積の問題である。じつは足が驚くほど細いのである。十%ほど効率よく走れるのである。
それをけしからんというのはやさしい。ではなぜこのような恥ずかしいことを高体連あげて、決定したのか。速過ぎることは罪なのか。しかも日本人ではなくて留学生なのか。それにはじゅうぶんな理由がなければならない。
つい数年前まで留学生は排除といっていた高体連が、いまは解禁したと聞く。二〇〇五年度に高体連に登録された数はついに二百五十三人になった。高体連は全国高等学校総合体育大会での留学生参加について参加人数のおおむね二十%以内としていて、それでいて駅伝だと突出していると騒ぐ。あれはどこでも走れるという基本的人権が最優先されるべきである。
もっとも一区を禁止された留学生たちは、すぐ他区に回るのだから、今度はそこで牛蒡抜きする光景が見られるに違いない。ゆえに、留学生の力を封じることはできない。これは速過ぎるとはいっても禁じることではない。いわんや一区で日本人が留学生を置き去りにすればいいことだからこれ以上いうべきことはない。
(*二〇〇七年七月八日記)

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2007年11月28日 (水)

台湾バドミントン

台湾バドミントンについて説明してくれといわれたから、一面ながら答えた。二〇〇六年のユーバー杯(世界女子団体バドミントン選手権大会)で台湾が韓国を倒して四強に入ったと聞き、みなびっくりした。台湾バドミントンは強くなった。
この何十年マスコミは台湾バドミントンについてあまり取り上げたことがない。国際舞台で勝てなかったからであるが、いまは強くなったのだから取り上げないわけにはいかない。
台湾に全国大会はあるかというならあるといわなければならない。日本の全国小学生大会、全国中学校体育大会、全国高等学校総合体育大会、全日本学生選手権大会、全日本社会人選手権大会、全国実業団選手権大会を合わせたようなものがあるといわなければならない。大会は団体戦と個人戦が六日間に渡り行われる。個人戦は実力に応じて甲組と乙組に分かれている。たとえば乙組で単四強、複二強になると次回大会では甲組の出場資格を得ることになる。
優秀な中学生は卒業後は実業団チームに入社していて、台北市内の高校に進学していた。入社したからといって仕事をするわけではない。
会社で寮生活をして、午前中は高校に通うのである。コーチが送り迎えをするのだという。このあたりが面白い。
くだくだしいからこれ以上いわないが、午後も授業があるのに、免除されるのはだれの目にも有利である。
午後は、実業団チームの選手と一緒に練習する。高校の授業料や生活費はすべて会社が負担する。小遣い銭まで支給されるのである。高校卒業後は大学に進学する者と、会社で仕事をする者に分かれるのである。繰り返すが、午前中は大学に行くのである。午後は実業団チームで練習するのである。もう、お分かりだろうが、ここにまあ、一貫指導体制が生じた。
わが国のバドミントンにはこれがないのである、台湾の実業団チームには中学生も加わっていて、コーチがつきっきりで、指導している。強くならないわけがない。かくて日本の大学生が台湾の中学生に勝てなかったと、嘆くことになるわけで、それを聞いて私はそうだろうなといって笑うのである。
台湾躍進の一つは指導者の熱にある。彼らはずっと合同練習を続けてきた、北京で合宿もしている。これをきっかけに日本はすこし台湾を見習ってはどうか。
(*二〇〇七年十一月二十九日記)

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2007年11月22日 (木)

健身語録の三十(14)

■できないというな、挑戦したか、しないのに駄目だというな。
■教え過ぎは選手の自立を妨げる。
■バドミントンは人生の支え。
■バドミントンをすると心も体も人間らしさを取り戻す。
■原石は不器用なほど輝く。
■大事なことはバドミントンができる喜び。
■長くやっておればいつかは勝てる。
■いい勝ち試合以上に失敗や負け試合から多くを学ぶ。
■優勝は勝つことに対しどれだけ執着をもてるかにかかっている。
■指導者はソムリエ。
■バドミントン小僧になって楽しめ。
■窮地はだれかが試練を与えているのかも。
■ただ生きればいいというものじゃない、バドミントンをすることは生きることだ。
■コートの塵に気がつく選手は優勝できる。
■試合はいちど死にかけたらその後は強い。
■バドミントンは愛さなければ愛されない。
■遊びで終わるのか勝って優勝者になるのか、やるのは自分だよ。
■競技を楽しめ、バドミントンは人生の一部である、すべてではない。
■つまらない拘りは捨てろ。
■自分以外のだれかが優勝するのは見たくない。
■人間は嘘がうまいから、バドミントンだけでも正直にしなければならない。
■バドミントンを見れば性格が見える。
■すべては一個のシャトルから。
■生ぬるい気持ちでコートに立つな。
■なんで負けたのか、自分が分からないときもある。
■バドミントンはもう駄目か、いや、まだまだだの繰り返し。
■バドミントンは頭ではなく体が判断するスポーツ。
■バドミントンは人なり。
■最大の敵は自分の中に隠れている。
■負けてなんのかのいっても説得力はない。
(*二〇〇七年十一月二十一日記)

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2007年11月15日 (木)

体格の差出る 

バレーボールのワールドカップ(W杯)二〇〇七年女子大会をテレビで見たが、日本のバレーボールは希望がないからいわせてもらう。もろに体格の差が出ている。
それはセルビア、イタリア、キューバ、米国、ブラジルとの対戦によって分かる。速さと技術だけではどうにもならなくなってきている。日本代表の身長は大山加奈さんの百八十七センチが最高だが、セルビアはというと、先発三人が百九十センチ台だった。
それは防ぎようがなかった。その圧倒的な高い壁は、ブロックだけで二十本とめて日本を畏怖させた。
日本は高い壁を打ち破ることができない。したがって守りと粘りの勝負に出たのは、いた仕方のないことであって、小銃対大砲の戦いになっていたから、これは希望がないと思ったのである。
元来バレーボールは長身者のスポーツだった。体格の差、力の差を昔は技術で補ったから、それはそれでよかったが、いまは通用しなくなったらしい。そう思った人はすくなくなかった。
米国の先発選手の平均身長は百八十七センチである。私の考える日本代表は全員百八十センチ以上だが、いま百七十センチ以下が先発の顔触れに三人もいる。
守備専門のリベロは仕方ないが、背が低いのはどうしても不利だが、見ていると悲惨になる。日本のバレーボールは背が低い割りにはよくやっていた。ただ格の違い、ひ弱さを見せつけられた。
組織バレーが外国勢のおおきな体格に押されて通用しない。完全に力負けしている。その悲劇的なことがいま起こっている。これはバスケットボール、ラグビーなどもそうだった。バドミントンはまだ増しだが、近くこれも同じことになる。スポーツはまず体負けしないことだから、日本人はたいへんだろう。ジャパン・オープン二〇〇七バドミントン選手権大会の女子単でティーネ・ラスムセンさん(デンマーク)が優勝しただろう。強力な中国選手たちに体格負け、力負けしなかったことにその勝因がある。これを中国を倒す見本または例という。
(*二〇〇七年十一月八日記)

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2007年11月 8日 (木)

そこそこの美人 

スポーツの世界にはいろいろな超人がいる。百歳を超える現役スキーヤーとして知られた三浦敬三さんは凄い。七十歳になってからエベレスト山麓のチャングリ氷河滑降に挑戦したという。七十七歳になってからもキリマンジャロのスキー滑降に挑戦しているのである。
八十一歳のときはアルプスのシャモニーからツェルマットまで、百キロを踏破している。九十九歳になってからもモンブラン氷河の走破に成功している。
びっくりするのである。ご存じだろうが、台湾の圓山大飯店(台北市)の裏山には約二百五十面もの屋外バドミントンコートがある。あれはバドミントンの世界遺産である。その台湾には九十三歳のバドミントン選手がいる、びっくりした。頭が下がる。
香港には右肘から先のない片腕の選手がいる。どうやってサービスをするのかと思った。シャトルは握れなかった。それが肘のうえにシャトルを乗せて上手に放り挙げていたのだった。感動する。障害をものともしていないのである。
人になくてはならないのはこの思いだが、そこまでしてもバドミントンをする人はするのである。
お話し変わって、コルシカ島の女たちは美女揃いだ。ナポレオン・ボナパルトさんの女といえばジョゼフィーヌ・ド・ボアルネさんである。
そこそこの美人ではある。けれども六歳も年上の三十女。しかも子持ちの未亡人ときている。
愛人として男を渡り歩いた前歴もあった。浮気癖まで山ほどあった。こんな女に後の皇帝ともあろう男がである。なにゆえに恋い焦がれたのだろう。
不思議なことであり、結婚までしている。なぜかと思ったら、ありきたりの美女はナポレオンさんは見慣れており、ジョセフィーヌさんは凄い変化球だったが、彼にとっては当たりだったのだろう。新聞で、そう佐藤賢一さん(作家)が書いている。
なにより美人は三日で飽くのだ。醜女は三日で慣れるのだ。これをいわないでなにをいうのかと思ったが文句をいわれたらことである。
昔、歌人の吉井勇さんは「紛黛の/仮の姿と/思えども/今宵○○○の/美しきかな」といったという。そういって女性たちに人気があったという。私は「男とは/美人に優し/醜女に冷たし/それでいいのだ」といっている。口は災いの元である。ご用心。
(*二〇〇七年七月十七日記)

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2007年11月 1日 (木)

日本中スープレックスだらけ

ボクシングの亀田さん一家を見て、世間に踊らされていると思ったことがある。悪役で、筋書き通りだ、我々はそういった娯楽を求めているだろう。ところがどうだろう。
今度はとたんに手のひらを返している、悪役の英雄からただの悪役にして、すみませんすみませんと謝らせている。ボクシングWBC世界フライ級選手権戦で亀田大毅さんのスープレックスを見たばかりなので、みなでもちあげてどおーんと落とす光景は見る気がしなかった。
その亀田さん一家は悪役を求められてやって、ただの悪役になった。彼らもまた被害者だと思われる。彼らはやれといわれてやったのはだれの目にも明らかである。
反則技を繰り出した大毅さんは一年間の出場停止を受けたが、視聴率の取れる飴玉を、重宝がれば勘違いもする。
亀田さん一家はボクシング人気回復の救世主だ。特別扱いされるとこうなる。スポーツ選手は公明正大の固まりだというより反則の固まりだと思った方がいい。大毅さんのがぶり寄り、頭突き、目潰し、スープレックスはその現れである。みなそうだといっておく。たしょうの反則はみなやっているから略す。
問題が多いのが亀田さん一家の売り物だ。大毅さんはちょっと恥の上塗りをしたが、筋書きとしては一回ここで頓挫させる必要があったのではないかと私は見ている。
大頓挫させること、これが第一幕である。第二幕は亀田さん一家の復活劇だが、いうまでもない。たちまち映画「ロッキー3」に酷似したものをつくるのに成功するだろう。
私はこの筋書きは面白いと思っている。兄・興毅さんが弟・大毅さんの敵を取る。この興行は大成功するのだった。いっぽう、大相撲の朝青龍さんは強運の持ち主で、一時はやめるのは朝青龍さんが先か安倍晋三さんが先かなんていわれていたのに安倍さんがやめて、からくも話題は時津風部屋問題、亀田さん一家、沢尻エリカさんに行ってしまったのである。
いま朝青龍さんはモンゴルで籠城している。呑気な高砂親方を、いつも寄り切っている。
プロレスリングはかつての熱気がなくなっているのである。見ればスープレックスが得意だったアントニオ猪木さんはびんたおじさんになっている。長州力さんは年を取って、小力になっている。
(*二〇〇七年十月二十八日記)

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2007年10月25日 (木)

健身です(その十七)

●健身です。ちびっこバドミントン教室で駄洒落をいったら、三歳児から睨まれました。
●健身です。あなたの指導者としてのいいところはと聞かれたら、叩かれても解離性障害や機能性胃腸障害にならないところだと答えるしかありません。
●健身です。セギ三連発は咳三連発ではなく、セギノール選手の三打席連続本塁打です。
●健身です。スポーツ関係者のパーティーでいただきマウスといったら、その口をなんとかしろといわれたとです。
●健身です。お医者さんからもう、バドミントンはやめた方がいいといわれました。論語や孟子を読んでみましたがそんなことはどこにも書いてなかったとです。
●健身です。願かけをして禁酒を誓いました。夜だけ飲むことにしたとです。
●健身です。柔道の谷亮子さんは祖母でも金のような気がします。
●健身です。サッカーボールを見てパンダが丸くなっているという人がいます。
●健身です。練習後、靴下が抜けません。
●健身です。マラソンが好きなサックス奏者ですと紹介されて、えっ、セックス走者ですかと聞き直したことがあります。
●健身です。自分が情けなくなるのはイブにスキーに行こう、指宿といってしまうときです。
●健身です。ゴルフ場で歯を磨いていたら歯磨き大爺といわれ歯に噛みました。
●健身です。カーリングは掃除をしているようにしか思えません。
●健身です。安倍総理辞任はラブオール・プレー、ゲームセットといわれたような気分です。
●健身です。なんで理由ぐらいいえないんだ。絆創膏を額に貼って試合に出たらみなからこっぴどくいわれたとです。
●健身です。シャトルがだぶって見えるので眼科に行きました。Cをシーいったとです。
●健身です。欽ちゃんは歩いていただけとしか思えません。(*七十キロ走)
●健身です。私のバドミントンはどうにもとまらない山本リンダさんの世界です。困っちゃうな。
●健身です。このたび日本バカミントン狂会の会長に就任しました。WATASHI WA KIZA DESU。
●健身です。新聞がバレンタイン来季も続投と書いただけなのに、来年もチョコレートが貰えると感じます。
(*二〇〇七年十月二十四日記)

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2007年10月18日 (木)

オーストリアからのメール(14)

◆二〇〇七年(平成十九年)八月三日
今晩は。お元気そうでなによりです。たしか去年は全日本教職員バドミントン大会不参加でしたよね。今年はなんとか踏ん張れますようお祈り申し上げます。
芦原コーチからバドミントンを取ったらなにが残るのかと、ふと思いました。それだけ人々に強烈な印象を与えることのできる人物はそうそういません。これは内面から出てくるのでしょうか、天性のものなのでしょうか、答えが出ずにいます。
世界体操祭の片付けがやっと終わり、VBV体育館が先週から使用可となりました。先週練習に行ってきましたが体がついていかず自己嫌悪のバドミントン。走りにもしばらく行っていない、マウンテンバイクもやってなかったつけのようです。
世界体操祭はそれに縛られ、つぎの週、四日間、日本から来られたオーストリア大使館商務部の方にこの州の見所をご案内するため家を留守にしていました。この商務部が日本人定年退職者を的にした「オーストリア長期滞在」を企画しています。
◆二〇〇七年(平成十九年)九月五日
またオーストリアにこられるんですね。オーストリアいいでしょう。田中雅彦さんと複を組まれるのでしょうか。楽しまれてくださいね。日時は把握しました。
昨日から練習が再開、二か月バドミントンから離れていた体でしたが持久力が落ちたような気がしましたが、けっこう普通にできました。今日はどこもかしこも痛くてたいへんです。レオニーちゃんが練習にきていて一緒に複を組みました。その際に、もしかしたら芦原コーチが冬にまた訪れるかもと話したら、あら、そうしたら私、勝負を申し込んで今度こそ勝つわよ、楽しみだわとのこと。明日からドイツの黒森へ四日間ほど行ってきます。
◆二〇〇七年(平成十九年)九月二十日
弟さんのイタリア料理店(ボッカルーポ)情報ありがとうございました。航空券もう予約されたんですね。さすがコーチ、フットワークが素晴らしくよいです。かしこまりました。それではフェルトキルヒの宿泊先を探しましょうか。
二月、レーヴェンはお湯が出なかったり思いがけない出来事が何度かあったんですよね。十二月十一日は汽車で来られますか。お迎えに参ります。十四日もチューリッヒまで送迎させていただきます。じつは私も急に十月末に熊本に帰ることになりそうなのにまだ航空券とっていません。バドミントンと同様フットワークの悪さを感じます。二年ぶりの熊本、もうその時期は暑くないですよね。
それではコーチとお会いできるのを楽しみにしています。熊本、それともフェルトキルヒ。
◆二〇〇七年(平成十九年)九月二十日
レーヴェンでいいですか。それではお風呂付のお部屋を予約しておきますね。熊本では芦原コーチとぜひお会いしたいのですが、練習道具をもっていくかが最大の問題となります。私が日本へ行くと、帰りはいつも大量の食料品で飛行機の重量超過との戦いになります。
◆二〇〇七年(平成十九年)十月四日
こちらは紅葉の時期に入りました。先日レーヴェンに行き、十二月十一日から十四日まで部屋を予約してきました。前回と同じお風呂付の部屋にしてもらいましたが、ちょっとお値段が前回より高く一泊 四十五.五ユーロとなりますがよろしいでしょうか。みはる
(*二〇〇七年十月九日記)

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2007年10月11日 (木)

力士亡くなる 

二〇〇七年六月、大相撲時津風部屋の序の口力士が急死した。テレビを見るとはなしに見て、親方と兄弟子数人が暴行を加えているのに注目した。愛知県警が刑事事件として立件することを固めたところだ、死亡前日のことで、部屋から逃げ出そうとした力士の額を親方がビール瓶で殴っていたのである。
兄弟子たちの暴行は30分間も続いたのだった。稽古と暴力を隔てる境界線などあったものではないのである。金属バットで殴るなど暴力団と見まごう世界だ。口止めをした親方の監督責任が問われるのである。解雇は反論の余地がないところだが、かわいがりはすべての部屋にあると察して顔を背けるのである。
大相撲は今夏は入門者零になった。憧れがない。テレビの視聴率はかつての半分になっているのである。若い力士が命を落とせば周囲の目もとうぜん厳しくなるのである。親方と兄弟子三人の逮捕は免れまい。
また朝青龍さんは名古屋場所後に左肘靱帯損傷と腰の疲労骨折など全治六週間の診断を受け、そのまま無断でモンゴルへ帰国している、巡業の休場届を提出している、その一方でサッカーの親善試合に元気な姿で出場したのだった。軽率な行動だった。相撲協会は二場所の出場停止と減俸三十%の四か月にしたが、巡業に出てからサッカーの試合に出ればよかったということが分かる。
お忘れかもしれないが、いくら横綱だといったって、二十五、六歳の人間に品格が備わっていると考える方が不思議なのである。横綱審議委員を見ても品格のある人間はいないのだった。大相撲は天皇が見にこられるようになったから品格をいうようになったのである。過去の横綱に品格があるように見えたならそのように振る舞う必要があったからである、引退後に年寄りとして協会に残ろうと考えれば品格があるように努めなければならなかったのである。
朝青龍さんは年寄りとして協会に残る気はなかった。ならば稼ぐだけだ。品格はなんの意味もなかった。それでいて心技体とは怪訝だが、朝青龍さんを見てばらばらでも強い者は強いと分かるのである。
大相撲って、いったいスポーツなのか、儀式なのか。
神事なのだという、国技と勝手に名